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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ14972不正競争行為差止等請求事件 平成17ワ22496損害賠償等請求事件 判例 不正競争防止法
関連ワード 包装 /  指定役務 /  周知商標 /  周知性 /  混同を生ずるおそれ(混同を生じるおそれ) /  4条1項10号 /  4条1項15号 /  著名商標 /  不正競争の目的 /  取引の実情 /  出所の混同 /  差止 /  信用回復措置 /  商標権の移転 /  継続 /  有名ブランド /  商号 /  著名人 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 253号 審決取消請求事件
原告 株式会社天一
訴訟代理人弁理士 梅村莞爾
被告 株式会社天一
訴訟代理人弁護士 福島武
同 弁理士 本多一郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/05/29
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成10年審判第35365事件について平成13年4月19日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、別紙商標目録(1) 記載のとおりの構成からなり、指定役務を商標法施行令別表の区分による第42類「日本料理を主とする飲食物の提供、アルコール飲料を主とする飲食物の提供、コーヒー・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供」とする商標登録第4017645号商標(平成4年9月30日出願、平成9年6月27日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は、商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)附則(以下「改正法附則」という。)5条1項による使用に基づく特例の適用を主張して登録出願がされ、拒絶の査定がされたが、拒絶査定に対する不服審判において、平成9年4月21日、原査定を取り消した上、同条3項により、その商標及び指定役務において競合(類似)する請求人(注、原告)に係る別紙商標目録(2) 記載の商標((イ) 商標登録第4028534号商標、(ロ) 同第4028535号商標、(ハ) 同第4028536号商標及び(ニ) 同第4028538号商標。以下、これらを併せて「原告商標」という。)と相互に重複する商標(重複商標)として登録すべき旨の審決(以下「登録審決」という。)がされ、権利設定されたものである。
原告は、平成10年8月7日、被告を被請求人として、本件商標の商標登録を無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成10年審判第35365事件として審理した上、平成13年4月19日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月7日、原告に送達された。
2 審決の理由 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、@本件商標が改正法附則5条2項所定の「自己の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標であってその役務について使用をするもの」に当たらないとして商標法4条1項10号違反をいう請求人(注、原告)の主張について、本件商標は、その登録出願時である平成4年9月ないし登録時(注、登録審決時の趣旨と解される。以下、同じ。)である平成9年4月当時において、少なくとも上毛(群馬県の古称)地方を中心にその近県地域一帯において需要者の間に広く知られたいわゆる周知商標と認め得るものであるから、改正法附則5条2項の適用があるとし、A本件商標が、請求人に係る「需要者の間に広く認識されている」原告商標と類似し、同一又は類似する役務について使用がされるものであり、また、請求人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがあるとして、商標法4条1項15号違反をいう請求人の主張について、本件商標は、その登録出願時ないし登録時において、上記の地域、範囲を中心に需要者間に広く知られたいわゆる周知商標と認め得るものであり、また、原告商標の周知、著名性は、特例適用を主張する本件商標の登録(重複登録)を排除し得るほどの歴然とした格差をもって需要者間に広く知られたいわゆる著名商標であるとは認め難いとし、B本件商標の使用が不正競争の目的でされたものとはいい難いとして、本件商標の登録は、改正法附則7条2項の規定によって読み替えて適用する商標法46条1項により無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は、本件商標について、商標法4条1項10号の適用排除を定める改正法附則5条2項所定の周知性の認定判断を誤り(取消事由1)、また、商標法4条1項15号の適用の前提となる原告商標の周知、著名性の認定判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件商標の周知性の認定判断の誤り) 本件商標は、以下のとおり、登録出願時である平成4年9月30日当時及び登録審決時である平成9年4月21日当時のいずれの時点においても、改正法附則5条2項所定の「自己の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」に当たらないから、改正法附則5条2項の規定によって読み替えられた商標法4条1項10号に該当する。
(1) 審決は、上毛新聞及び「おおたタイムス」の記事のほかは、特許庁審判官が一方的に調査した証拠によってのみ本件商標の周知性を肯定しているが、その認定判断の根拠は明らかでない。審決は、上記2件の新聞記事を一部手掛りとしながら、「商標自体とこの種飲食店(業)に関する需要者一般の注意力並びに地域事情を含む取引の実情等を総合判断の上、その出願時ないし登録時における相当程度の周知性がある」(審決謄本16頁3行目〜5行目)としているが、著名商標として全国的に知られた商標であればまだしも、全国的には知られていない地方都市の通常の飲食店の商標にあっては、当事者が積極的に資料を提出してこない限り、実際には調査のしようもないのであり、反論のしようもない上記のような抽象的な理由をもって当該商標の周知性を認定判断することは誤りである。
(2) 被告の常務取締役であったBが天皇誕生日の祝膳料理の調理師の一人として招かれたことを報じた平成3年12月23日付けの上毛新聞及びそのころ発行の「おおたタイムス」の記事はわずかに1回だけのものである。審決は、「報道内容の特殊性、地方独特のこの種報道に関する伝播性」(審決謄本14頁末行〜15頁1行目)を強調しているが、国民が関心を持つ皇室に関する記事であるからといって、そのような名誉となる報道と被告の本件商標である「天一」の知名度とは必ずしも結び付くものではなく、本件商標「天一」が繰り返し報道されてこそ、周知性を獲得することになることは自明のことである。また、近隣のほとんどが知り合いであるような狭い地域の村落であればともかく、首都圏に属する工業都市であって東京との行き来も相当に行われている人口15万有余の群馬県太田市において、地方独特のこの種報道に関する伝播性を強調することは妥当ではない。
被告は、これまでに宣伝広告活動をほとんどしておらず、せいぜいチラシ等を店舗を中心としたごく狭い範囲で配布していることがうかがわれるだけである。そうすると、太田市以外の上毛地方一帯に住む者にとっては、上記新聞記事は、認識のない被告の和食料理店「天一」を新聞紙上で初めて見たという印象を与えるにとどまり、このことによって広範囲にわたって周知性を獲得するなどということはあり得ないことである。
(3) 審決は、「おおたタイムス」の記事に基づいて、被告の店舗が当時「太田市を中心に既に4店舗」(審決謄本15頁10行目)あると認定し、その地域において相当の実績があるとしているが、そのような事実はない。被告は、少なくとも本件商標の登録出願当時は、その住所において1店舗の料理店「天一」を経営するほか、太田駅前の「ユニー・ベルタウン」内で「サンドレ」というサンドイッチ製造小売り店舗を営業していたにすぎない。
2 取消事由2(原告商標の周知、著名性の認定判断の誤り) (1) 審決は、原告商標の周知性は相当程度認められるものの、本件商標の登録(重複登録)を排除できる程の歴然とした格差を認めることはできないとした(審決謄本16頁17行目〜20行目)が、以下のとおり、誤りである。
ア 審決は、本件商標の登録出願時における原告の店舗数63店舗のうち、
その半数が惣菜専門店であって、本件商標の飲食物の提供の役務とは直接関係がない商品「てんぷら惣菜」という商品を取り扱うものであるから、その店舗数は大幅に差し引いて考えなければならないとする(審決謄本16頁27行目〜31行目)。しかし、てんぷら惣菜の小売店は、銀座の老舗である原告の「天一」というてんぷら専門店が営業をしているからこそ全国各地で出店できるのであり、「天一」のてんぷら専門店としての信用と一体となってこれらの商品が販売されるものであって、小売店でも、飲食店でも全く同じ商標、同じ包装紙を採用し、飲食店として一体となった営業を展開している。需要者も銀座のてんぷら専門店のてんぷら惣菜であるから購入するものであり、飲食店と全く別のものとして認識されているわけではない。一般的にも、飲食物では、商品が有名になると、その商品を飲食店で提供したり、原告のように飲食店の品を商品として小売りし、小売店として展開することは広く行われているところである。このような場合は、商品と役務は類似するものであり、関連があるものである。したがって、上記のように、料理店と惣菜小売店とを分けて原告の「天一」の著名性を判断することは、取引の実情に反するものである。
イ 審決は、「一般に、てんぷら料理を含む各種飲食物の提供に係る役務は、専ら特定・一定の店舗地において提供されるという役務特性又は地域立脚事情から、その取引・流通の範囲は自ずと一定範囲に限られる」(審決謄本17頁6行目〜8行目)と認定している。しかし、交通機関と通信手段の発達とに伴い、現在では、人の動きは一定の狭い範囲に限られるものではなく、老舗とか名店とかいわれる飲食店は、常に雑誌、新聞、テレビ放送等を介して広く紹介されており、特に人口も集中し、それに伴いますます交通網の発達が著しい東京を中心として、東京、首都圏にかかわらず、関東地方一円あるいは更に遠距離の広い地域から顧客が集中して来店することは想像に難くない。したがって、審決の上記認定は、明らかに誤りである。
ウ 審決は、「てんぷら料理は世人一般に極めて馴染まれていて一般家庭においても日常的に摂取されるいわば我が国食文化にあって日本料理の定番メニューというべき普遍的存在であるから、料理自体に特徴を発揮し難い面がある」(審決謄本17頁9行目〜12行目)という。しかし、原告の「天一」には、国賓まで訪れるのであり、他の一般のてんぷら料理店にはない格別の特徴があり、てんぷら料理一般が特徴がないことを理由として、原告の「天一」の高級料理店としての特徴まで否定することはできず、上記認定は誤りである。
エ 審決は、「天一」が辞書に存在する語であり、各別特異な名称ではなく、また、不特定多数の者によって古くから飲食店の店名として使用され得るものであるとする(審決謄本12頁37行目〜13頁2行目、17頁12行目〜16行目)。しかし、そもそも辞書を引用しなければならないほどの語が一般的に知られた用語であるとはいえず、「天一」がありふれた用語であるとは到底認め難く、また、同じような店名の店が若干あったとしても、それによって原告の著名性が影響を受けるものではない。「天一」といえば原告を指す銀座のあの「天一」だという実績は既に確立している。
(2) 審決は、原告商標について「特例適用を主張する本件商標の登録(重複登録)を排除し得る程の歴然とした格差をもって需要者間に広く知られたいわゆる著名商標であるとは俄に認め難く」(審決謄本16頁18行目〜20行目)とし、さらに、原告の「『天一』の著名性を客観的に明らかにし得るものとはいい難く、その全国規模の周知性を認めるにはなお不十分といわなければならない」(同17頁18行目〜20行目)とし、重複登録を排除できるのはいわゆる著名商標(全国的に知られた商標)でなければならないとしているが、商標法4条1項15号は、単に「他人の業務に係る…役務と混同を生ずるおそれがある商標」としているのみであり、いわゆる著名商標を要件としているものではないから、これは明らかに誤りである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(本件商標の周知性の認定判断の誤り)について (1) 被告が「天一」の名称で飲食店を開店したのは昭和45年10月のことであり、以後営業を継続して現在に至っているから、営業期間は、本件商標の登録出願時で22年間、登録審決時で26年間に及んでおり、以下のとおり、本件商標「天一」は改正法附則5条2項所定の周知性を獲得している。
すなわち、被告店舗は、太田駅南口から続く太田市南一番街の商店街の中心に位置し、開店後何度かの改装を繰り返しながら、昭和56年までには大幅な増築を終え、現在に至っている。被告店舗は、1階が客席13(1室は和室)で58人収容の和室レストラン、2階が180人収容の大宴会場、3階が和風個室7室の小宴会場となっており、飲食店としては太田市及び近隣市町村において1、2を争う規模となっている。料理は、生物、揚げ物、うなぎ料理などを中心とした和食中心であり、鍋料理、かに料理、ふぐ料理なども取り入れ、一般客だけでなく、忘年会、新年会、法事などにも幅広く利用されている。被告は、新聞広告、雑誌等による宣伝、広告はしていないが、折り込み広告や日常の宣伝活動は適宜行ってきている。地方都市の飲食店においては、口コミ等により周知性を高めていくのが常態であり、被告が料理とサービスを充実させて実績を重ね、信頼を獲得する営業努力をした結果、「天一」の名称が、太田市及び近隣市町村の需要者間に広く周知されていたものである。
(2) 原告は、上毛新聞及び「おおたタイムス」の記事が本件商標の周知性を立証するに十分でないと主張するが、本件商標が、一般に流通する商品と異なり、特定の営業施設で需要者に直接提供される日本料理を主とする飲食物の提供等という地域密着性が強い役務に対して使用されている事実を踏まえると、「報道内容の特殊性、地方独特のこの種の報道に関する伝播性ほか諸般の社会事情」(審決謄本14頁末行〜15頁1行目)を考慮して周知性を判断することは不可欠である。被告が上記のとおり太田市及び近隣市町村に広く知られていて、実績があったからこそ、被告の常務取締役であったBが平成3年の天皇誕生日の祝賀会と平成4年の元旦の新年祝賀会の祝膳の料理人に選ばれたわけであり、この事実を本件商標の周知性判断の資料とした審決に誤りはない。
2 取消事由2(原告商標の周知、著名性の認定判断の誤り)について 審決の「首都圏と地域圏という地域的・相対的事情も併せ考慮するに、本件商標の登録出願時又は登録時における請求人商標の周知性が本件商標のそれを優に上まわって存在したとする客観的情勢も認められず、また、該事実を窺わせるような状況も見出せない」(審決謄本17頁20行目〜23行目)との認定は妥当である。すなわち、原告は、地方都市では札幌市、広島市、奈良市、呉市及び福山市に限って出店しているのであって、飲食物の提供は役務の中でも地域密着性が強く、
首都圏は別として、地方都市においては依然として、「その取引・流通の範囲は自ずとその営業施設のある一定の範囲に限られる」(同頁8行目)というべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件商標の周知性の認定判断の誤り)について (1) 本件商標は、別紙商標目録(1) 記載のとおりの構成からなり、商標法施行令別表の区分による第42類「日本料理を主とする飲食物の提供、アルコール飲料を主とする飲食物の提供、コーヒー・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供」を指定役務として、改正法附則5条1項による使用に基づく特例の適用を主張して、平成4年9月30日に登録出願し、平成9年4月21日の登録審決を経て、
同年6月27日に設定の登録がされ、改正法附則5条3項により、その商標及び指定役務において競合(類似)する原告商標と相互に重複する商標(重複商標)として権利設定されたものであることは、当事者間に争いがない。そして、同目録の記載によれば、本件商標は、いずれも横書きした「天一」、「Tenichi」の文字からなり、構成中の「Tenichi」の欧文字部分は同左上部に大書された「天一」の漢字に相応する表音「テンイチ」を「天一」の「一」の下部に小さく欧文表記したものであることが認められる。
他方、甲第3ないし第6号証及び弁論の全趣旨によれば、原告商標は、商標登録第4028534号商標(以下「原告商標(イ) 」という。)が同目録(2) (イ) 記載のとおりの構成からなり、商標登録第4028535号商標(以下「原告商標(ロ) 」という。)が同目録(2) (ロ) 記載のとおりの構成からなり、商標登録第4028536号商標(以下「原告商標(ハ) 」という。)が同目録(2) (ハ) 記載のとおりの構成からなり、商標登録第4028538号商標(以下「原告商標(ニ) 」という。)が同目録(2) (ニ) 記載のとおりの構成からなること、原告商標(イ) ないし(ハ) は平成4年9月2日に登録出願、同(ニ) は同月22日登録出願、いずれも商標法施行令別表の区分による第42類「てんぷら料理の提供」を指定役務として、平成9年7月18日に設定の登録がされたこと、原告商標(イ) は、横書きした「天一」の文字からなり、原告商標(ロ) は、縦書きした「天一」の文字からなり、原告商標(ハ) は、「天一」の表音「テンイチ」の欧文表記を横書きした「Ten-ichi」の文字からなり、原告商標(ニ) は、いずれも横書きした「TEN-ICHI」、「deux」の文字からなり、「天一」の表音「テンイチ」の欧文表記した「TEN-ICHI」の下部に、「2」を意味するフランス語の「deux」を配したものであることが認められる。
(2) ところで、改正法附則5条の使用に基づく特例の適用の主張を伴う商標登録出願(以下「特例商標登録出願」という。)に係る商標は、商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)の施行(平成4年4月1日)後6月を経過した日の当時、実際に使用をしているものであるから、その中には、既に需要者の間に自己の業務に係る役務を表示するものとして広く認識されているものも含まれており、その商標同士が同一又は類似の役務について使用をする同一又は類似の商標である場合もある。このような需要者の間に広く認識されている商標は、より大きな信用が化体されているものであり、本来、その保護が特に重要と考えられるところ、上記改正後の商標法4条1項10号をそのまま適用すると、このような関係にある商標は、その双方が商標登録を受けられないことになるが、これは、同じ抵触関係にありながら、広く認識されているような事情にないいわゆる未周知の役務に係る商標が同条3項の規定により双方とも商標を受けられることとの関係からすれば、衡平を失し、既に使用されている役務に係る商標を適切に保護しようとの趣旨に反することとなる。改正法附則5条2項は、このような問題を回避するため、特例商標登録出願に係る商標の中でも、自己の業務に係る役務を表示するものとして広く認識されている商標については、商標法4条1項10号の適用を排除することとしたものである。もっとも、特例商標登録出願であっても、商標法4条1項10号及び同法8条2項以外の規定については、上記改正法の施行後6月の間にされた通常の役務に係る商標登録出願と同様の適用があるから、改正法附則5条2項により商標法4条1項10号の適用から排除された商標も、同項15号の規定の対象となり、同号の「混同を生ずるおそれ」は、類似の概念と異なり、個々の商標の周知性の程度を勘案した具体的な出所の混同のおそれを問題とすることになる。そうすると、周知性の程度が著しく異なり混同を生ずるおそれがある場合には、その程度において劣後する商標についての特例商標登録出願は拒絶されることとなる結果、
使用に基づく特例の適用を主張したことにより重複登録が認められるのは、いわゆる周知商標同士又は著名商標同士の場合になるものと解される。そして、使用に基づく特例の適用を主張したことにより重複登録が認められるのは、上記のとおり需要者の間に広く認識されている商標はより大きな信用が化体されており、このような商標として保護を受けることによるものであって、特例商標登録出願により重複登録が認められた登録商標も、重複登録に係る当事者以外の第三者が当該商標権の侵害行為を行うときは、単独で商標登録された通常の商標権と同様の効力を有し、
差止請求、損害賠償請求又は信用回復措置請求によりこれを排除することができ、
また、商標権の移転や使用権の設定も可能である。飲食物の提供に係る役務は、特定の店舗地において提供されるという役務の性質上、需要者が一定の地域に限定されるのが通常であるが、上記の諸点に加えて、交通機関と通信手段の発達に伴い、
現在では、人の動きは特定の狭い範囲に限定されるものではなく、飲食店であっても、雑誌、新聞、テレビ放送等のマスコミを通じて広く宣伝あるいは紹介されていることなどを考慮すれば、本件商標について、改正法附則5条2項所定の周知性を肯定するためには、登録出願時である平成4年9月30日及び登録審決時である平成9年4月21日当時のいずれの時点においても、1県内のごく狭小地域の需要者の間に認識されている程度の周知性があるだけでは足りないものと解すべきである。
(3) そこで、本件商標の周知性について検討する。
ア 証拠(乙第21、第22、第26、第31〜第33号証)によれば、被告は、昭和38年11月26日に設立され、当初は家具店を営んでいたが、昭和45年10月、群馬県太田市の東武鉄道伊勢崎線、同小泉線太田駅南側の通称南一番街に店舗を構え、1階を食堂、2、3階を宴会場とし、「天一」の表示を使用した和食料理店を経営するようになったこと、同被告店舗(以下「被告本店」という。)は、数度の増改築を経て、昭和56年には3階建てとなり、1階が客席13、うち1室は和室、58人収容の和室レストラン、2階が180人収容の大宴会場、3階が和風個室7室の小宴会場となっており、料理は、生物、揚げ物、うなぎ料理、鍋料理、かに料理、ふぐ料理など和食が主であり、一般客のほか、忘年会、
新年会、法事などにも利用されていることが認められる。
なお、審決は、「その報道時(注、平成3年12月23日)において被請求人(注、被告)店舗は太田市を中心に既に4店舗あり」(審決謄本15頁9行目〜10行目)とし、同日ころ発行の「おおたタイムス」(甲第8号証)には、
「市内に三店、足利に一店」との記載がある。しかし、被告代表者の陳述書(乙第33号証)によれば、被告は、被告本店のほかにサンドイッチ販売店、居酒屋、カラオケなども経営しているが、これらの店舗においては、「天一」とは異なる営業表示を使用していることが認められ、被告が被告本店のほかに本件商標ないし「天一」の営業表示を使用した店舗を営業していることを認めるに足りる証拠はない。
イ ところで、被告は、本件商標は、登録出願時及び登録審決時において周知である旨主張して、乙第1〜第20号証、乙第25号証、第28〜第31号証を提出する。
これら乙号各証のうち、乙第1号証(平成3年12月23日付け上毛新聞)には、平成3年に、当時被告の常務取締役を務めていたBが、皇居で開催される同年の天皇誕生日の祝賀会と平成4年の元旦の新年祝賀会の料理人に選ばれたことについての記事が掲載されているが、同記事は、「太田のBさん」、「皇居で祝膳を調理」等の見出し、Bの写真及び6段の本文から成り、被告を和食料理店「天一」として紹介するものである。また、甲第8号証(そのころ発行の「おおたタイムス」)にも同様の記事が掲載され、同記事は、「天皇誕生日に祝膳を調理」、
「日本料理店『天一』のBさん」の見出し、Bの写真及び6段の本文から成り、被告は太田市内に3店舗、足利に1店舗を有しているなどと紹介している。しかし、
これらの新聞記事中に本件商標それ自体の記載がないことはもとより、その内容も被告の経営する「天一」の商号を使用した飲食店を紹介するというよりは、皇居で開催される祝賀会の料理人に選ばれたBを紹介する内容のものであって、しかも1回掲載されたにすぎない。そうすると、審決のいう「報道内容の特殊性、地方独特のこの種報道に関する伝播性ほか諸般の社会事情」(審決謄本14頁末行〜15頁1行目)を考慮しても、上記新聞記事の被告の役務を表示するものとして本件商標を認識させる効果を過大に評価することはできない。
乙第3号証(ミニコミ誌)には、「手頃な価格でおいしい天ぷらが食べられると評判のお店、天一」などと被告本店を紹介する記載があり、乙第4号証(求人広告誌)には、本件商標類似の標章を付した被告の求人記事が掲載されているが、これらの頒布時期、頒布地域及び頒布部数は不明である。また、乙第33号証(被告代表者の陳述書)によれば、被告は、忘年会、新年会の時期や改装時などに、適宜、新聞折り込みによる広告をしていることが認められ、乙第6〜第11号証、第19号証(被告本店の折り込み広告)中には、本件商標を付したものもあるが、これらの頒布時期、頒布地域及び頒布部数は不明であり、被告が新聞広告などは出していないことは、乙第33号証の記載から明らかである。
乙第5号証(写真)によれば、被告の送迎用バスの車体側面には青色で「日本料理」の記載とともに本件商標が表示されていることが認められるが、上記写真の撮影時期は不明であり、また、本件商標を表示したバスを使用して客を送迎していたとしても、上記表示は特に目立つ表示ではなく、その宣伝効果が大きいものとは認め難い。また、乙第31号証(昭和59年当時の被告本店を撮影した写真)によると、被告本店の駐車場には「天一専用駐車場」との赤色の看板が設置され、店舗には正面、側面及び正面アーケードに本件商標の構成の一部である「天一」の看板が設置されていることが認めれるが、いずれも通常の看板であり、特段の宣伝効果を発揮しているものとは認め難い。
乙第13〜第18号証、第20号証(被告本店のメニュー)には、本件商標が付されているが、これらの使用時期は不明であり、また、メニューは来店者が目にすることはあっても、それ以外の者が目にすることはないのが通常であるから、本件商標の周知性を基礎付けるものということはできない。なお、甲第11号証(被告の本件商標に係る平成4年9月30日付け商標登録願)に添付された「商標の使用の事実を示す書類」中の被告の箸袋及びメニューの写真によれば、被告が当時使用していた箸袋及びメニューには本件商標が付されていることが認められるが、これらも本件商標の周知性の的確な証拠といえないことは、上記と同様である。なお、乙第2号証(自由民主党総裁の平成4年2月27日付け感謝状)は、被告の常務取締役であったBの調理文化の向上、発展に寄与した功績を賞するものではあっても、直ちに本件商標の周知性を基礎付けるものではない。
さらに、本件原告は、本件被告に対し、不正競争防止法(平成5年法律第47号による改正前のもの。以下「旧不正競争防止法」という。)1条1項2号1条の2第1項、商法20条21条及び商標法に基づき、「株式会社天一」の商号及び「天一」の営業表示の使用差止等を求める訴え(東京地裁昭和59年(ワ)第6476号、東京高裁昭和62年(ネ)第1462号、以下「前訴」という。)を提起し、第1、2審とも本件被告が勝訴したが、その第1審判決(甲第9号証)及び控訴審判決(乙第25号証)中では、営業表示としての周知性ではあるが、本件被告は昭和45年以来今日(注、控訴審の判決言渡日は昭和63年3月29日)まで和食料理店「天一」として太田市及びその近隣地域の住民により広く利用され親しまれてきているとされているにすぎない。
また、乙第28号証(昭和62年4月28日付け毎日新聞)は、前訴第1審判決を報道する記事を掲載し、乙第29号証(昭和63年3月30日付け日本経済新聞)及び乙第30号証(同日付け上毛新聞)は、前訴控訴審判決を報道する記事を掲載しているが、これらの記事は、いずれも判決の内容を客観的に報道するものであり、各1回掲載されたにすぎないから、本件商標の周知性を基礎付けることはできない。
そして、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ そうすると、上記認定の事実によれば、被告が本件商標を使用している店舗は、太田市内に1店舗を有するのみであり、広告、宣伝も、適宜新聞折り込み広告を行っていたことはうかがえるが、頒布地域、部数等は明らかでなく、他に特段のものは見当たらないのであるから、これらの事情に照らすと、本件商標は、登録出願時(平成4年9月30日)において、たかだか太田市及びその近隣地域において被告の役務を表示するものとして需要者の間に認識されていたものと認めるのが相当であり、その後、登録審決時(平成9年4月21日)までの間に、格別の事情の変更があったことをうかがわせる証拠はない。したがって、本件商標が、「少なくとも上毛(群馬県の古称)地方を中心にその近県地域一帯において本件商標の登録出願時である平成4年(9月)ないしその登録時である平成9年4月当時においてなお相当程度の周知性を有していた」(審決謄本15頁2行目〜4行目)として、改正法附則5条2項所定の周知性を肯定した審決の認定判断は誤りというべきである。
(4) しかしながら、本件商標は、特例商標登録出願に係る商標であり、原告商標の重複商標として権利設定されたものであるから、本件商標が周知性を欠くものであっても、原告商標の周知性の程度いかんによっては、重複商標として認められ、改正法附則5条2項の規定によって読み替えられた商標法4条1項10号に該当しないこととなる余地もあることは、上記(2) のとおりである。そこで、進んで、原告商標が、原告の役務を表示するものとして本件商標の商標登録出願時及び登録審決時において需要者の間に広く認識されていたか否かについて検討する。
ア 証拠(甲第9号証、第13〜第138号証、第140〜第146号証、
以下、枝番を省略)によれば、次の事実が認められる。
原告の創業者であるAは、昭和5年に東京日本橋の人形町に「天一」の商号で個人営業のてんぷら料理店を開業し、昭和7年には銀座8丁目に店舗を移転した上、店内に換気扇を設置したり、てんぷら油等を工夫するなどの改良を重ね、
てんぷら料理店「天一」の評価を高めて、昭和23年、個人営業を株式会社組織に改めて原告を設立した。原告の店舗は著名人によっても利用されるようになり、昭和59年2月発行の雑誌「財界」(甲第25号証)には、「天ぷらを芸術にした天下一の天一商法」の見出しの下に、原告を著名なてんぷら料理店として紹介する記事が掲載された。
原告は、「天一」の営業表示を使用した店舗を、てんぷら料理店及びてんぷら惣菜専門店を含めて、昭和62年ころには、東京都内に18支店23店舗、
神奈川県内に3支店3店舗、千葉県内に3支店4店舗、浦和市に1支店1店舗、広島市及び札幌市に各1支店2店舗、合計27支店35店舗を有していたが、その後も全国に出店を進め、本件商標が商標登録出願された平成4年9月30日当時、関東地方では、東京都内に33店舗、千葉県内に8店舗、埼玉県内に5店舗、横浜市に3店舗、関東地方以外では、広島県内に6店舗、札幌市に3店舗、奈良市に2店舗、金沢市、大阪市及び愛知県豊田市に各1店舗、合計63店舗を有するに至っていた。その後、登録審決がされた平成9年4月までの間に、東京都内に4店舗、神戸市に2店舗、福岡県北九州市に2店舗、広島市、静岡県浜松市、金沢市及び高松市に各1店舗、合計12店舗を出店した。
原告は、前訴の係属する以前から雑誌、新聞等による広告、宣伝をし、
ガイドブック、雑誌等にも広く紹介されていたが、前訴の判決後においても、東京新聞(甲第137号証)及び日本経済新聞(甲第138号証)に原告商標(イ) 又は同(ロ) を表示した広告を定期的に掲載し、朝日新聞(甲第79、第104号証)及び中国新聞(甲第112号証)にもスポットで広告を掲載したほか、平成4年3月発行の雑誌「日経ビジネス」(甲第140号証)に原告商標(イ) を表示した広告を掲載した。
原告商標(イ) ないし(ニ) は、原告の営業表示「天一」とともに、前訴の判決後において、平成元年12月発行の雑誌「AERA」(甲第62号証)に、原告商標(ニ) の構成文字「TEN-ICHI deux」について「有名ブランドの後ろに、小さく『2』とか『bis』の符号をつけ『妹(弟)』ブランドを作るのが、流行っている。イメージは下げず、大衆化、多様化に対応する企業戦略」と、
平成8年1月発行の雑誌「料理天国」(甲第135号証)に「天ぷらを広く国際的に認知されるまでにしたのは銀座の天一の功績が大きい」と紹介されたのを始め、
新聞記事や多数の週刊誌、月刊誌等に紹介記事が掲載された。また、原告は、ガイドブックあるいは料理店、レストランを紹介する一般向けの書籍等においても、著名なてんぷら料理店として紹介する記事が多数掲載されており、テレビのグルメ番組でも、数回、著名なてんぷら店として紹介され、テレビコマーシャルも放映した。
イ 上記認定の事実を総合すれば、原告商標は、本件商標の商標登録出願時(平成4年9月30日)及び登録審決時(平成9年4月21日)において、原告の役務を表示するものとして、少なくとも関東地方ないし首都圏の需要者の間に広く認識されていたものと認めるのが相当である。前訴判決(甲第9号証、乙第25号証)は、原告の「天一」の表示がその営業を示すものとして、太田市及びその近隣地域の居住者に広く知られていると認めることはできないとするが、同判決は、本件商標の登録出願時より4年余り前における旧不正競争防止法上の営業表示としての周知性に係る認定判断にすぎないから、上記認定を左右するものではない。
(5) 以上の認定判断によれば、本件商標は、上記いずれの時点においても、原告商標と周知性の程度において著しい隔たりがあるというべきであるから、本件商標について改正法附則5条2項所定の周知性を肯定した審決の認定判断の誤りは、
本件商標の商標登録は商標法4条1項10号に違反してされたものとはいえないとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。付言するに、被告が本件商標につき改正法附則3条による継続的使用権を有する余地のあることは別論である。
2 以上のとおり、原告主張の審決取消事由1は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、審決は取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 宮坂昌利