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関連審決 無効2002-35230
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14行ケ165審決取消請求事件 判例 商標
平成14行ケ508審決取消請求事件 判例 商標
平成18行ケ10525審決取消請求事件 判例 商標
平成16行ケ56審決取消請求事件 判例 商標
平成14行ケ44審決取消請求事件 判例 商標
関連ワード 指定商品 /  普通名称(3条1項1号) /  著名な略称 /  4条1項8号 /  無効審判 /  外国 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 141号 審決取消請求事件
原告外郎 藤右衞門
訴訟代理人弁護士 藤井冨 弘、山本卓 也、鈴木雄 一、大河内將貴
被告B
訴訟代理人弁理士 福田賢 三、福田伸 一、福田武 通、加藤恭介、本 田昭雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/08/28
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が無効2002-35230号事件について平成15年3月12日にした審決を取り消す、との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 被告は、登録第4532745号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。
本件商標は、「外郎唐腐」の文字を横書きしてなり、平成13年2月27日に登録出願され、第29類「食肉、食用魚介類(生きているものを除く。)、肉製品、
加工水産物、豆、加工野菜及び加工果実、冷凍果実、冷凍野菜、卵、加工卵、乳製品、食用油脂、カレー・シチュー又はスープのもと、なめ物、お茶漬けのり、ふりかけ、油揚げ、凍り豆腐、こんにゃく、豆乳、豆腐、納豆、食用たんぱく」及び第30類「コーヒー及びココア、コーヒー豆、茶、調味料、香辛料、食品香料(精油のものを除く。)、米、脱穀済みのえん麦、脱穀済みの大麦、食用粉類、食用グルテン、穀物の加工品、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、菓子及びパン、即席菓子のもと、アイスクリームのもと、シャーベットのもと、アーモンドペースト、イーストパウダー、こうじ、酵母、ベーキングパウダー、氷、アイスクリーム用凝固剤、家庭用食肉軟化剤、ホイップクリーム用安定剤、酒かす」を指定商品として、平成13年12月28日に設定登録された。
原告は、被告を被請求人として、本件商標について無効審判(無効2002-35230号事件)を請求したが、特許庁は、平成15年3月12日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年3月25日原告に送達した。
2 審決の理由の要旨(審決の「理由」欄の「4 当審の判断」) 本件商標は「ういろうとうふ」及び「外郎唐腐」の文字よりなるものである。
請求人(原告)は、本件商標中の「外郎」の文字部分は、請求人の氏名の略称として著名である旨主張し、証拠方法として審判甲第2ないし第14号証を提出した。
そして、請求人提出に係る審判甲各号証によれば、「外郎」の姓は、十五世紀から十六世紀前半にかけて、京都を中心に活躍した唐人の医師「陳外郎」に由来するものであり、その後、この一族により伝えられた菓子や薬(透頂香)の名称としても有名になった事実が認められる。
しかしながら、現在において、「ういろう(外郎)」の文字に接する取引者・需要者は、これより、名古屋等の名産として有名な菓子「ういろう」を容易に認識するとみるのが相当であり、「ういろう(外郎)」の文字より特定の者の氏姓を認識する場合は極めて少ないと判断するのが相当である。そして、この取引者・需要者の認識が本件商標の登録査定時(平成13年11月6日)及びそれ以降大きく変化したとする事情は認められない。
そうとすれば、本件商標中の「外郎」の文字部分が、他人の氏名又は名称の著名な略称であるとする請求人の主張は認め難い。
したがって、本件商標は、商標法4条1項8号に違反して登録されたものではないから、同法46条1項の規定により、その登録を無効とすべきではない。
原告主張の取消事由の要点
本件商標中の「外郎」の文字部分が他人の氏名又は名称の著名な略称とは認められないとした審決の認定は、誤りである。
1 「外郎」の姓は、審決も認定するとおり、15世紀から16世紀前半にかけて京都を中心に活躍した唐人の医師陳外郎に由来するものであり、その後、この一家に伝えられた菓子や薬(透頂香)の名称としても有名になった。「外郎」の姓を名乗っているのは、日本中で原告外郎家のみであり、「外郎」は、辞典にも外郎家の家名として記載されている。原告は、現在も、小田原において、原告外郎家の薬として名高い「ういろう(外郎)」を販売しており、「外郎」といえば、原告外郎家の家名とともに原告外郎家に伝わる薬の「ういろう(外郎)」(透頂香)が想起されるのである。
このように、「外郎」は、日本で唯一「外郎」の姓を名乗っている原告外郎家を指すものと社会通念上認識されるものであり、原告を指す著名な略称(氏姓)である。したがって、「外郎」の文字を含む本件商標は、商標法4条1項8号に該当する。
2 「ういろう(外郎)」の語が米の粉を蒸した菓子の一種を示す普通名称となっているとしても、本件商標の指定商品(菓子以外の商品である。)との関係においては、「外郎」の語から想起されるのは、原告外郎家及び外郎家の薬の固有名詞である「ういろう(外郎)」であって、菓子の普通名称としての「ういろう」ではない。
被告の反論の要点
「外郎」、「ういろう」の語は、自然人である原告の氏名ではなく、名称(呼び名)でもない。「外郎」、「ういろう」の語は、本件商標登録の査定時には、米粉等を原料として製造される蒸し菓子の一種を一般的に意味する名称として、取引者・需要者に広く認識され、親しまれるものとなっていたのであり、原告の氏名又は名称の略称として著名であったとはいえない。
当裁判所の判断
1 証拠(甲3ないし11、13ないし24、29、乙6ないし8。枝番の記載を省略。以下、同様である。)によれば、次の事実が認められる。
(1)外郎姓の由来、薬の「ういろう」及び菓子の「ういろう」について 原告の「外郎」の姓は、元の礼部員外郎の役にあった陳延祐(陳宗敬)が元国の滅亡後の1368年に日本に帰化し、陳外郎と称したことに由来する。その子、大年宗奇は、将軍足利義満の招きに応じて京都に移り、朝廷の典医及び外国信使の接待等に従事した。宗奇が伝えた明国の薬「霊宝丹」は、その効能が顕著とされたところから、時の天皇から「透頂香」の名を与えられ、「ういろう」とも呼ばれるようになった。その後、16世紀に至り、外郎家の5代目定治が北条早雲に招かれて小田原に移り住み、外郎家の家伝薬「透頂香」(ういろう)は、北条家の保護奨励を受け、代々外郎家によって造り継がれることになった。江戸時代には、外郎家の家伝薬「ういろう」は、小田原の名物として、世人の広く知るところとなり、歌舞伎の「外郎売り」(1718年に二代目市川団十郎が外郎売りの物真似やせりふを演じて人気を博し、歌舞伎十八番の一つとなっている。)にも取り上げられた。原告の家系は、代々公の事には姓を「外郎」と称してきており(分家は宇野姓を称する慣わしである。)、原告外郎家は、現在も小田原において、その家業として薬の「ういろう」と菓子の「ういろう」の製造販売を行っている(事業は法人化されて「株式会社ういろう」が行っている。)。
菓子の「ういろう」、「外郎」は、名古屋、山口、小田原の名産品として知られている。
(2)「外郎」(ういろう)の語について、辞典、書籍、ホームページ等には次の記述がある。
ア 辞典類 (ア) 小学館「日本国語大辞典」(甲6) 「ういろう」の欄に、「【外郎】・・・@元の礼部員外郎で、室町時代日本に帰化した陳宗敬の子孫の立てた家名。代々医薬を業とした。・・・A外郎家が北条氏綱に献じてから小田原の名物となった丸薬。・・・Bういろうもち(外郎餅)の略。・・・Cういろううり(外郎売り)の略。」との記述がある。
「ういろううり」の欄に「【外郎売】・・・(一)外郎を売り歩く行商人。早口の口上で有名。・・・(二)歌舞伎十八番の一つ・・・」との記述がある。
(イ) 角川「大字源」(甲7) 「外郎」の欄に「(二) (ういろう)@元の礼部員外郎の陳宗敬が帰化して立てた家名。・・・A外郎家が売り始めた薬。・・・B菓子の名。ういろうもち。」との記述がある。
(ウ) 岩波「広辞苑」(甲8) 「ういろう」の欄に、「【外郎】@・・・陳宗敬が・・・創製した薬。・・・透頂香(とうちんこう)。A菓子の名。米の粉・砂糖・葛粉などを混ぜて蒸したもの。ういろうもち。」との記述がある。
(エ) 三省堂「広辞林第六版」(甲9) 「ういろう」の欄に、「【外郎】@ういろうぐすり。Aういろうもち。」との記述がある。また、続けて、「ういろううり」について、@外郎を売ることを職業としている人。歌舞伎十八番の一つ。・・・小田原名物の妙薬外郎売りの風俗姿態をまねて薬の効能をよどみなく弁じたてるもの。」との記述、「ういろうぐすり【ういろう薬】」について、「(元(げん)の帰化人、礼部員外郎(いんがいろう)の官にあった陳宗敬の創製という)江戸時代、神奈川県小田原名産の売薬で、今の仁丹(じんたん)の類。痰(たん)の妙薬。・・・透頂香(とうちんこう)。」との記述、及び「ういろうもち【ういろう餅】」について、「・・・米の粉を黄に染め、砂糖を加えて蒸し、四角に切った菓子。山口・名古屋の名産。」との記述がある。
イ 雑誌・書籍・ホームページ等 (ア) 「東洋文庫532和漢三才図会18」(平凡社、甲10) 菓子の「外郎餅」について、「外郎餅は羊羹の属で、外郎とは相模小田原の人の名である。透頂香丸を製造して売り、名を挙げたので、ついにこの人の名は薬の名となった。黒色で香微なものである。ところでこの餅の色はややそれに似ている。
それでこういう名がついたのである。」との記述がある。
(イ) 週刊「日本の街道」(講談社、甲11)「小田原名物となった「外郎」は、天皇や将軍も愛用した天下の名薬」、「小田原名物の外郎は菓子ではなく漢方薬。正式には「透頂香」といい、14世紀に中国から陳廷祐とその子、宗奇が頭痛、胃痛などに効く家宝の薬を京都に伝え、足利将軍や後小松天皇に献上した。陳は中国で「外郎」という官職にあったため、この薬は「ういろう」と呼ばれるようになった。陳家の子孫は、16世紀に小田原の北条氏に招かれ、関東に移る。江戸中期、この秘薬を有名にしたのは二代目市川団十郎。・・・「外郎売り」を演目に加えたのだ。小田原では、今も昔通りの処方で造られている。」との記述がある。
(ウ) 表千家編集「茶と美 第12号 茶席の菓子」(茶と美舎、甲13) 「ういろう」の欄に、「小田原市の外郎藤右衛門の製品である。外郎家の先祖は陳延祐といい・・・元が滅びたとき日本に帰化して陳外郎と名乗った。その子宗奇は京都に招かれて霊宝丹という薬を伝えたが、効能顕著ということで透頂香という名を賜った。この薬が「ういろう」と呼ばれ、主として救急薬に使われた。その後五代目定治は北条早雲に招かれた小田原にうつり、家伝の菓子をつくり客の求めに応じていた。この菓子も「ういろう」と名付けたところ評判となって旅人にしたしまれるようになった。外郎家は現在24代目という歴史をもっている。以上の理由で菓子のラベルに薬用のものが使用されている。」との記述がある。
なお、「和菓子」(学研、甲14)にも上記とほぼ同内容の記述がある。
(エ) 「お菓子風土記」(早川書房、甲15) 「菓子ういらう」の表題の下に「・・・本来は外郎と書く。1368年、・・・陳延祐は・・・陳外郎と名乗り帰化した。これがいまの24代・外郎藤右衛門康祐・・の始祖で600年栄誉をひきついできた名舗である。薬学に長ずる陳外郎は・・・霊宝丹を作った・・・透頂香外郎と呼ばれるようになった。この薬の口直しに用いられたのが、黒糖と米粉で作った棹物の蒸し菓子・外郎のはじまりである。・・・永世元年(1504年)五代目・外郎定治は・・・北条早雲に招かれ、
客将として小田原に移った。・・・徳川時代には二代目・市川団十郎が早口を利用して「外郎売り」のせりふを一気にまくしたて歌舞伎十八番の内に加えられた・・・この本(判決注、膝栗毛)を十返舎一九が書き上げた文化六年(1809)には菓子のういらうは諸国に製法が伝わっていた・・・その系統は定治の弟が毛利領に伝えた山口の外郎、雇い人が名古屋に伝えた外郎を源流とし、いまはともに名物ういらうとなっているが、外郎薬はついに出来ずじまいとなった。定治が関東下向のときに製薬の秘法だけは教えなかったからである。・・・外郎家がようやく薬菓両販を始めたのは明治四年という。」との記述がある。
(オ) 雑誌「サライ」の1997年6月19日号(小学館、甲16) 「モノ語り 六百年前、京都で生まれた庶民の味 ういろう」の見出しで掲載された特集記事に、「「ういろう」「ういろ」「外郎」「外良」。呼び名も様々なら、味もそれぞれ個性的。室町時代に京都で生まれ、小田原や山口、名古屋で育って全国的な銘菓となった、単純にして奥の深い、蒸し菓子の物語をお届けします。」と記載され、「小田原 ういろう」、「京都 五建外良屋」、「名古屋 餅文總本店」、「名古屋 青柳ういろう」の各地のういろうが紹介されている。このうち、「小田原ういろう」の紹介では、「“ういろう”とは、粳(うるち)粉、糯(もち)粉、小麦粉、葛(くず)粉などに砂糖を合わせて練り、蒸してつくった菓子の総称である。棹物(さおもの)に仕立てることが多く、別名はういろう餅。」と「ういろう」の語を説明した上、「小田原、名古屋、京都、山口のものが著名だが、筆頭にういろうの語源となった小田原の外郎(ういろう)家の歴史を溯(さかのぼ)ることにしよう。」として、外郎家の歴史が説明され、小田原のういろうは武士の家柄だったため菓子を商売にすることは許されず一般販売が始まったのは明治4年であること、現在販売されている小田原ういろうの特徴などが述べられている。また、@京都の五建外良屋は、幕末の安政5年(1858年)の創業であり、現存するういろう店の中でも古い歴史を誇ること、A名古屋の餅文總本店は、万治2年(1659年)創業の老舗で、名古屋きっての古い歴史を誇ること、
などが述べられている。
(カ) 山口市商工振興課ホームページ(乙6) 「外郎」の表題の下に、「外郎は、その起源を室町時代にさかのぼる伝統の味覚です。将軍足利義満のころ来朝した元の陳宗敬が伝えた製法により、その子が作った「透頂香」という薬に始まります。その薬は「外郎薬」と呼ばれ諸国に広まり、
やがて、「外郎餅」という菓子となって山口にも伝わりました。・・今も西の京山口を代表する伝統銘菓として高い人気を集めています。」との記述がある。
(キ) 昭文社「上撰の旅 名古屋」12頁(乙8) 「テーマ別索引図 名物」との表題の下に、「Cういろう 水で溶いた米粉を蒸して作る、もちもちとした食感の菓子。名古屋みやげの代名詞ともなっている。」と記述がある。
2 原告は、本件商標「」の「外郎」の文字部分は、原告外郎家を指すものと社会通念上認識されるものであり、原告の氏名又は名称(呼び名)の著名な略称であると主張する。
たしかに、菓子の「ういろう」も薬の「ういろう」も、元をたどれば、原告の祖先である陳外郎及びその子が立てた家名の外郎家に由来するものであって、原告はその「外郎」姓の継承者であること、また、薬の「ういろう」は、江戸時代には小田原の名産として全国に名を知られるようになり、外郎売りが薬を売る様は歌舞伎の有名な演目にもなっていることが認められる。しかしながら、「外郎」の語については、上記1(2)に認定したとおり、辞典類や書籍、雑誌の中に、これを室町時代に日本に帰化した陳宗敬(陳外郎)の立てた家名であるとの説明を記載しているものがあるものの、今日、その語の由来が歴史や日本の伝統文化に格別の興味や知識を持たない一般人に広く知られているとは考え難く、また、「外郎」の語に接した者がいちいち辞典等に当たって「外郎」の語の由来を調べたりするとも考え難い。そうすると、「外郎」の語の由来を知らない需要者・取引者にとって、「外郎」の語は、まずもって名古屋、小田原、京都、山口の名産として知られる菓子の「ういろう」を想起させ、あるいは菓子の「ういろう」とともに漢方の薬である「ういろう」を想起させると考えられる。
さらに、「外郎」の語の由来を知る者であっても、今日、外郎家の子孫が現存し、外郎姓を名乗っていることまで知っている者は一層少ないものと考えられるから、「外郎」の語と小田原の原告外郎家とを結びつけて、「外郎」が原告の名乗る外郎姓そのものを指すものとして認識する場合は極めて少ないというべきである。
3 以上に認定判断したところによれば、本件商標に接した取引者・需要者が本件商標中の「外郎」の文字部分から特定の者(原告)の氏姓を認識する場合は極めて少ないと判断されるのであって、これと同旨の判断に基づいて本件商標中の「外郎」の文字部分を他人の氏名又は名称の著名な略称であると認めることはできないとした審決の認定判断に誤りはなく、本件商標は、商標法4条1項8号に該当するものでないというべきである。
よって、原告主張の取消事由は理由がなく、原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利
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