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関連審決 不服2005-5252
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16行ケ56審決取消請求事件 判例 商標
平成14行ケ508審決取消請求事件 判例 商標
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平成14行ケ285審決取消請求事件 判例 商標
平成14行ケ311審決取消請求事件 判例 商標
関連ワード 指定商品 /  指定役務 /  著名な略称 /  4条1項8号 /  国内 /  共有 /  他人の名称 /  類似範囲 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10525号 審決取消請求事件
原告X
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人青木博文
同 中村謙三
同 大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/03/28
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2005-5252号事件について平成18年10月13日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯原告は,平成16年3月8日,右のとおり,二重線で描かれた小円中に花を模した図形,当該小円の同心円として同じく二重線で描かれた中円を八分割してそれぞれの枠内に太陽,月,鳥等を模した図形を描き,当該中円の外延を同大・等間隔で歯形のような図形で囲んでなる図形と,当該図形の上部にチベット文字と思しき文字を配置し,同じく下部には「MEN-TSEE-KHANG」の欧文字を書してなる商標につき,指定役務を第42類「医薬品・化粧品又は食品の試験・検査又は研究」として商標登録出願をしたが(以下,この出願を「本件出願」といい,その商標を「本願商標」という。),平成17年2月8日付け(起案日)で拒絶査定を受けたので,同月24日,拒絶査定に対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを不服2005-5252号事件として審理した結果,平成18年10月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年11月2日,その謄本を原告に送達した。
2審決の理由審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,Men-Tsee-Khang(メンツィーカン)(注,「MEN-TSEE-KHANG」とあるのは,誤記と認める。)は,もともとはチベットの官立学校として,ダライ・ラマ13世治下の1916年にラサ市に創設された医学校であったところ,1959年のダライ・ラマ14世の亡命の後には,亡命政府の所在地であるインド連邦共和国(以下「インド」という。)北部のダラムサラの地にも,1961年3月23日に新たに設立されたものであるが(英語名称:theTibetanMedicalandAstrologicalInstitute;チベット医学暦法研究所),後者は,法的にはインド団体登録法及びインド所得税法に規定する登録に基づく福祉・文化・教育機関として,チベット医学・暦法の普及・実践や,階級・人種・信条等に関わらない医療の提供等を行うことを使命とし,昨今のチベット医学の人気に対応して,インドをはじめ,欧米や日本等へも医師等を派遣して会議,セミナー,展示等を行っているものであるとした上,「MEN-TSEE-KHANG」の文字を構成中に含む本願商標を,本人の承諾を得ることなく,原告(請求人)が登録することは,商標法4条1項8号の規定に基づき認められないところ,原告が,本願商標の商標登録出願について,Men-Tsee-Khangの承諾を受けたものと認めることはできないから,本願商標は同号に該当し,本件出願は拒絶されるべきものであるとした。
第3原告主張の審決取消事由審決は,Men-Tsee-Khangによる承諾が存在することを看過し(取消事由1),また,商標法4条1項8号にいう「他人の承諾」の解釈の誤り(取消事由2),その結果,本願商標が商標法4条1項8号に該当するとの誤った結論を導いたものであるから,違法として取り消されるべきである。
1取消事由1(Men-Tsee-Khangによる承諾の看過)( ) まず,特許庁は,本願商標の構成中にある「MEN-TSEE-KHAN1G」の名称(以下「本件名称」という。)の使用の権限にのみ触れて,中国チベット自治区の区都ラサからの名称使用の承諾が必要であるとしているが,原告が名称使用の承諾を受けていると主張しているMen-Tsee-Khangは,インド政府により認証された機関のことであって,審決は,そもそも,失当である。
( ) 審決は,「本願商標については,『Men-Tsee-Khang』の承2諾を受けたものと認めることはできない」(審決謄本5頁最終段落)と判断したが,原告とMen-Tsee-Khangとは,ハーブ製品の輸入,製造販売等について共同作業を行っているのであるから,このような場合,Men-Tsee-Khangの承諾の度合いの吟味が必要であるのに,それをせずに,上記の判断をしたものであって,誤りである。
( ) 審決は,上記判断の前提として,2004年(平成16年)10月27日3付けMen-Tsee-Khangから原告あてのファックス(乙6の11,以下「10月27日付け書簡」という。)及び同年11月30日付けのメンツィーカンから原告あての書簡(甲3の2添付,乙7の2,以下「11月30日付け書簡」という。)に基づいて,「同FAX信(注,11月30日付け書簡)の末尾において,『Men-Tsee-Khang』が『wewillnotproceedfurtherwiththismatter.』と述べるところは,請求人(注,原告)による本願商標の登録手続きに関し,それを進める意思はないとみるのが相当であり,すなわち,承諾する意思はない旨を婉曲に伝えたものとみるのが相当である。」(審決謄本5頁下から第2段落)と認定した。
しかし,原告は,Men-Tsee-Khangとの間で,書簡又はファックスで,例えば,「それは,これらの交換(注,情報,資料)と同じく私(注,原告)とあなた(注,Men-Tsee-Khang)・・・との契約となります。あなた・・・と輸出部は,それ(注,パンフレットの訳等)を自分たちの目的に利用出来ます。」などと記載して,日本で本件標章を商標登録することがMen-Tsee-Khangにとって利益があることを説明し,これに対して,Men-Tsee-Khangは,10月27日付け書簡で,「あなたもご存じのとおり,Men-Tsee-Khangの商標とロゴは,インド特許庁において登録されました。したがって,誰もそれを使用することができません。当該商標とロゴは,英国において我々がそうしていると同様に,Men-Tsee-Khangの名義において登録していただくことが明らかであります。もし,我々が登録を受けることが可能であるならば,我々が決定を下す前に,是非,様式と手続を送ってください。
あなたは,Men-Tsee-Khangが当該商標及びロゴの所有者であり,本来の権利を有する者であると言われました。我々は,あなたの国の規則について熟知していないので,登録がMen-Tsee-Khangの名義においてなされた後に,今後の実行可能なことについて調査したいと考えます。」と述べており,11月30日付け書簡で,「Men-Tsee-Khang商標の登録に関しては,我々は,ただ,もしそれがMen-Tsee-Khang単独の名義及び所有においてなされるのであれば関心を有していた。もしそれが不可能であるのならば,そのときは,我々はそのようにする見解にはありません。よって,我々は本件について更に手続を進める意思はありません。」と述べていた。
Men-Tsee-Khang自らが,登録商標を管理することについては,原告も賛成しており,適切な手法を取るように勧めていたのであるから,仮に,同年11月30日の時点で,Men-Tsee-Khangが日本で自ら商標登録出願をする意思を原告に伝えていたならば,原告は,Men-Tsee-Khangの権利を保護するための具体的方法について話合いができたはずであり,逆に,原告にいかなる承諾もしないというのであれば,原告がその意思を拒否する理由はない。Men-Tsee-Khangの11月30日付け書簡は,「過去,自らの立場における関心を示したのみで,現在それが不可能であれば,我々はそれらにかかわる立場にもなく将来にわたり関与しない」という趣旨のものであって,原告にいかなる承諾もしないとは述べていないのであるから,むしろ,原告に対して大幅な委任をしているものと解釈することができる。
ところが,審決は,11月30日付け書簡の「我々は本件について更に手続を進める意思はありません。」との箇所を,「承諾する意思はない」と婉曲に伝えたとの無理な解釈をしたものであって,誤りである。
( ) 原告は,本願商標が他人の名称を含むものでないとは主張しておらず,他4人の名称を含む商標であることは,明らかであり,その名称を有するMen-Tsee-Khangの知的資産を保護ことが優先されるべきである。本件出願の経過からすると,本願商標に係る権利は,とりあえず共有帰属という形をとるのが相当であり,いずれ,Men-Tsee-Khangの意向に沿う変更,条件による選択が可能である。
本願商標が最終的にMen-Tsee-Khangに帰属すべきものであることは明らかであり,単に,Men-Tsee-Khangに係るハーブ製品の輸入,製造販売に関して,原告が本願商標の使用者であること,及び,輸入者であることを表示しているにすぎない。原告には,Men-Tsee-Khangの権利を擁護する利益が存在する。
原告とMen-Tsee-Khang,具体的には,そのハーブ製品製造研究部とは,製品開発等の共同作業を行っているが,製品化に当たって本件出願を行わなければならず,また,標章に基づく出所の帰属を示さずに当該製品の内容を日本国内において流通させることは不可能である。結局,本願商標において,Men-Tsee-Khangの名称の一部を商標の構成の一部として使用することに関し,審査・審判の段階で適切な書面を出せなかったのは,内部機構と置かれている政治状況にかかわる問題以外に,日本国内で商標登録出願するに当たっての判断資料や経験が十分でなかったことによる。審決は,原告とMen-Tsee-Khangとの前記ハーブ製品に係る製品開発等の共同作業の経過と本件出願をしないことの意味,すなわち,日本国内の第三者が先に出願するおそれがあることを十分に理解していたとはいえない。
( ) 以上のとおりであるから,本願商標の商標登録出願について,Men-T5see-Khangの承諾を受けたものと認めることはできないとした審決の認定は,誤りであって,取り消されるべきである。
2取消事由2(商標法4条1項8号にいう「他人の承諾」の解釈の誤り)( ) 審決は,商標法4条1項8号の解釈について,「同項第8号が,他人の肖1像又は他人の氏名,名称,著名な略称等を含む商標は,その他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないと規定した趣旨は,人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。・・・そうすると,上記のとおり,『MEN-TSEE-KHANG』の文字を構成中に含む本願商標を,本人の承諾を得ることなく本願出願人(請求人)が登録することは,同号の規定に基づき認められないものである。」(審決謄本2頁第2ないし第3段落)と説示したが,ハーブ製品に係るMen-Tsee-Khangとの前記共同作業,本願商標が有する付加価値を看過し,商標登録出願の手続のみを念頭に置き,本件標章の帰属にのみ固執して判断したものであって,誤りである。
( ) Men-Tsee-Khangは,前記1( )のとおり,ハーブ製品製造2 4研究部を有しているところ,原告において,このハーブ製品を日本に輸入し,又は,ハーブ製品を日本で製造販売するという,Men-Tsee-Khangに関連する業務を行うに当たって,当該ハーブ製品の帰属を示すために,かつ,Men-Tsee-Khangの知的財産権を擁護するために,本願商標の登録は,必要不可欠である。原告は,ハーブ技術の研究をし,日本国内でハーブ製品を製造しようと計画中であり,それは,Men-Tsee-Khangのハーブ製品より以上の価値を有するものである。
確かに,原告とMen-Tsee-Khangとの話合いでは,両者の意見は,必ずしも一致しておらず,現在の時点においても,原告が求めている事柄とMen-Tsee-Khangの見解とは,若干異なっている。
しかし,原告において,Men-Tsee-Khangのハーブ製品を日本に輸入し,また,ハーブ製品を日本で製造販売するなどという業務を行うことは,Men-Tsee-Khangとの共同作業であり,そこで使用される商標は,不可分の性質を有しているが,本願商標の帰属は,あくまでも原告が日本で製造販売する商品に付されるものであり,日本国内における商標登録出願であるという事実が尊重されるべきである。これは,Men-Tsee-Khangに対して日本国内における社会的貢献を求める性格のものであり,Men-Tsee-Khang自体の求めるところと若干の相違があることも避けられないが,やむを得ないところである。我が国は,法治国家として,我が国における自治等が優先されるべきであり,すべてにおいてMen-Tsee-Khangを優位に置くべきものではない。
( ) 商標法1条は,「この法律は,商標を保護することにより,商標の使用を3する者の業務上の信用の維持を図り,もつて産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」と規定しており,同法4条1項8号も同法1条の目的に沿って解釈されるべきであり,上記のような事情によれば,本件について,同法4条1項8号に該当するものとはいえない。
( ) 以上のとおりであるから,本件出願について,Men-Tsee-Kha4ngの人格的利益の保護のみを強調する審決の判断は,誤りである。
第4被告の反論審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(Men-Tsee-Khangによる承諾の看過)について( ) 本件に関し,他人の名称を含む商標について商標登録を受けるために必要1な当該他人の承諾の有無を判断する基準時である審決の時において,当該他人であるMen-Tsee-Khangから,原告に対し,商標法4条1項8号所定の承諾があったものとは認められないことは,審決が認定したとおりである。
( ) 付言すると,Men-Tsee-Khangが原告に対し送付した一連の2書簡によれば,原告による本願商標の登録出願手続に対し,Men-Tsee-Khangは,原告に対し,一貫して,自己の名義での登録を意図している旨,及び,これにつき原告とは何ら取り決めをする意思もない旨注意喚起しているのであるから,11月30日付け書簡において,「我々は本件について更に手続を進める意思はありません。」としているのは,これ以上,原告とともに手続を進行させる意思はない,すなわち,原告に承諾を与える意思はない,とみるのが極めて自然な解釈といえる。
2取消事由2(商標法4条1項8号にいう「他人の承諾」の解釈の誤り)について原告から提出されたいかなる証拠においても,Men-Tsee-Khangが,本願商標の商標登録を受けることについて,原告に対し,明示的に承諾を与えていることを具体的に立証するものは何ら発見することができない。
仮に,善意に解釈して,Men-Tsee-Khangの便宜のために,差し当たって,原告が本願商標の登録を受けようとしたものであったとしても,上記承諾がない限り,商標法4条1項8号の適用を免れないことに変わりはない。
第5当裁判所の判断1取消事由1(Men-Tsee-Khangによる承諾の看過)について( ) まず,本件出願の経緯等についてみると,証拠(甲3の1,2,甲8の1,12,甲10の1,2,甲11の1,2,甲12,20,乙1の1ないし10,乙2,乙6の4ないし7,11,乙7の2)及び弁論の全趣旨に,前記第2の1の当事者間に争いがない事実を併せ考慮すれば,以下の事実が認められる。
アダライ・ラマ13世治下の1916年,チベットのラサ市に「smanrtsiskhanggrwatshang」(メンツィーカン・タツァン)が官立学校(医学校)として創設されたが,その後,中国の支配下で中国名「蔵医院」と改名された。一方,1961年3月23日に,チベット医学・暦法研究所(「チベット医学暦法大学」,「チベット医学大学」とも称せられる。)として,Men-Tsee-Khang(メンツィーカン)が,チベット亡命政府の所在地であるインド北部のダラムサラ市に設立された。
イMen-Tsee-Khangは,2006年9月6日現在,1860年インド団体登録法に基づき登録されたダライ・ラマ法王の福祉・文化・教育機関とされ,また,1961年インド所得税法に基づき登録され,インド及びダラムサラの中央チベット行政府(C.T.A)の厚生省による統制の下に,376人の職員を擁し,理事会により運営されている団体であり,チベットの医療,天文学及び占星術の普及・実践,階級・人種・信条等にかかわらない医療の提供,環境に配慮した方法によるチベット医薬品の製造などをその任務としている。ダラムサラにある研究所の本部は,インド及びネパールに所在する48の診療所の運営と,海外駐在の3人の医師を統括しており,チベット医療の人気の増加に伴い,Men-Tsee-Khangの医師や占星学者が,会議,講演会,協議及び展示会のために,定期的に,欧州,カナダ,米国,ロシア,日本,タイ及びインドの多くの地域を訪れている。
ウ原告は,平成15年にインドを訪れた際,Men-Tsee-Khangの関係者との間で,Men-Tsee-Khangのハーブ製品を日本に輸入することについて話し合い,その後,当該ハーブ製品を日本に輸入し,販売するに当たって,これに付する標章について,Men-Tsee-Khangの名称を含んだ商標の登録出願をする必要があると考え,平成16年2月6日,Men-Tsee-Khangに対して,その趣旨のファックスを送信し,同年3月8日,本件出願をした。
エMen-Tsee-Khangの担当者は,2004年(平成16年)3月20日付けで,原告あてに書簡を送ったが,この書簡には,「この書簡は,日本におけるMen-Tsee-Khangの名称の商標及び登録に関するあなたからの2月6日付けファックスに対するものです。我々は,Men-Tsee-Khangのハーブ製品をあなたの国において普及させようとするあなたの関心に対し心より感謝いたします。しかしながら,我々は,この問題について,あなたとは,何等の約束もあるいは何らの書面による覚書/契約もしていないことにどうぞ留意してください。したがって,あなたが,日本において,Men-Tsee-Khang製品の標章を,登録の手続において用いたり取引したりすることは望ましくありません。なぜならば,我々のインドにおける手続は登録手続中であり,そしてインドにおいて完結するまでは,我々はいかなる覚書にも同意する見解にないからです。ご参考までに,我々のハーブ製品に係る商標と登録は,ニューデリーの特許庁において手続進行中です。これについては確認に時間を要するかもしれません。」などといった記載があった。
オ原告は,同年3月29日,知人あてに,原告が需要者及び製造者,すなわち,Men-Tsee-Khangの保護のために本件出願をせざるを得なかった事情を,Men-Tsee-Khangの担当者に対して適切に説明して欲しい旨の書簡を送るとともに,Men-Tsee-Khangに対しても弁明のファックスを送信した。
カ同年4月2日付けのMen-Tsee-Khangの担当者から原告あての書簡には,「これはあなたからの3月29日付けファックスに対するものです。・・・我々は,Men-Tsee-Khangに対するあなたの親切な関心と援助に心より感謝します。しかしながら,以前もあなたに申し上げたように,Men-Tsee-Khangの知的財産に関する事項,我々の商標・ブランドの登録は,ニューデリーの特許庁において進行中です。それは多くの法的複雑性を包含するので,我々はあなたに承諾を与えることはできませんし,あなたには,いかなる個人とも我々は取引を行うことが許されないという状況に加え法的問題を惹起する可能性もあるMen-Tsee-Khangの名称による登録のための処理を行うことのないよう要求します。あなたが我々の立場を理解してくださることを望みます。」との記載があった。
キ原告は,同年8月3日,東京税関長あてに,インドのMen-Tsee-Khangのハーブ製品を輸入することについての「事前教示に関する照会書」を提出し,その後,Men-Tsee-Khangから製品カタログを入手するとともに,同年10月21日には,成田空港検疫所の輸入事前相談課あてに,提出書類の確認を求めた。
ク原告は,同年10月22日及び25日,Men-Tsee-Khangの担当者に対し,輸入手続の内容と日本国内におけるMen-Tsee-Khangを示す標章の使用について理解を求めるファックスを送信したのに対し,Men-Tsee-Khangの担当者からの10月27日付け書簡には,「X様TMAIよりご挨拶申し上げます。この書簡は,Men-Tsee-Khang商標及びロゴに関しあなたからいただいた2004年10月22日付け及び25日付けファックスに対する返答です。
あなたもご存じのとおり,Men-Tsee-Khangの商標とロゴは,インド特許庁において登録されました。したがって,誰もそれを使用することができません。当該商標とロゴは,英国において我々がそうしていると同様に,Men-Tsee-Khangの名義において登録していただくことが明らかであります。もし,我々が登録を受けることが可能であるならば,我々が決定を下す前に,是非,様式と手続を送ってください。あなたは,Men-Tsee-Khangが当該商標及びロゴの所有者であり,本来の権利を有する者であると言われました。我々は,あなたの国の規則について熟知していないので,登録がMen-Tsee-Khangの名義においてなされた後に,今後の実行可能なことについて調査したいと考えます。」との記載があった。
ケ特許庁審査官は,同年10月7日,原告に対し,「この商標登録出願に係る商標(注,本願商標)は,チベット自治区の区都ラサ所在のチベット医学院を示すと認められる『MEN-TSEE-KHANG』の文字を含むものであり,かつ,前記医学院の承諾を得ているものとは認められません。したがって,この商標登録出願に係る商標は,商標法第4条第1項第8号に該当します。」との内容の拒絶理由の通知をした。これに対して,原告は,「他人の名称」を含む本願商標において承諾が必要となる「他人」とは,チベット自治区の区都ラサ所在のチベット医学院ではなく,インド政府により認証された機関としてのMen-Tsee-Khangであるから,特許庁が,本願商標の構成中にある本件名称の承諾の主体を誤っているとして,同年11月23日,その旨の意見書を提出した。
コ原告は,上記拒絶理由通知の内容に関連して,同年11月29日,Men-Tsee-Khangあてに,何らかの情報をファックスで送信したところ,同月30日付け書簡には,「X様11月29日付けファックスをありがとうございました。そして,我々は,Men-Tsee-Khangに対するあなたの親切な関心と援助に感謝いたします。Men-Tsee-Khang商標の登録に関しては,我々は,ただ,もしそれがMen-Tsee-Khang単独の名義及び所有においてなされるのであれば関心を有していました。もしそれが不可能であるのならば,そのときは,我々はそのようにする見解にはありません。よって,我々は本件について更に手続を進める意思はありません。あなたの親切なご協力に感謝するとともに,お手数をおかけしたことを残念に思います。」との記載があり,これがMen-Tsee-Khangからの最後の通信となった。
サ特許庁は,平成17年2月8日,上記拒絶理由通知に示した理由により拒絶すべき旨の拒絶査定をした。これに対し,原告は,拒絶査定不服の審判を請求したが,平成18年10月13日の審決時においても,本願商標の構成中に含まれる本件名称を使用することについて,Men-Tsee-Khangの承諾を得ていない。
( ) ところで,本願商標は,前記第2の1のとおり,「MEN-TSEE-K2HANG」の名称(本件名称),すなわち,他人の名称をその構成中に含む商標である。商標法4条1項8号は,商標登録を受けることができない商標として,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」と規定しているから,他人の名称を含む商標は,括弧書にいう当該他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができない。本件において,本願商標の構成中に含まれる「MEN-TSEE-KHANG」の文字は,Men-Tsee-Khangの名称をすべて大文字にした以外は同一であるから,前記( )認定の事実によれば,上記 1「他人」とは,1860年インド団体登録法に基づき登録された福祉・文化・教育機関であり,また,1961年インド所得税法に基づき登録され,インド及びダラムサラの中央チベット行政府(C.T.A)の厚生省による統制の下に多数の職員を擁し,理事会により運営されている団体としてのMen-Tsee-Khangである。したがって,本願商標は,Men-Tsee-Khangの承諾を得ていなければ,商標登録を受けることはできないことが明らかである。
( ) そこで,本件出願につき,出願時及び審決時において,Men-Tsee3-Khangの承諾を得ていたか否かをみると,前記( )エ,カ,ク及びコ 1のとおり,Men-Tsee-Khangは,一貫して,原告に対し,日本において,原告を商標登録出願人としてMen-Tsee-Khangに係る標章の登録出願をする意思のないこと,これにつき原告とは何らの取決めをする意思もない旨述べているのである。特に,最後の11月30日付け書簡の「Men-Tsee-Khang商標の登録に関しては,我々は,ただ,もしそれがMen-Tsee-Khang単独の名義及び所有においてなされるのであれば関心を有していました。もしそれが不可能であるのならば,そのときは,我々はそのようにする見解にはありません。よって,我々は本件について更に手続を進める意思はありません。」との記載によれば,Men-Tsee-Khangが日本において単独でMen-Tsee-Khangに係る標章について商標登録出願をすることが不可能であれば,登録手続を進める意思がないとしているのである。したがって,Men-Tsee-Khangは,本件出願時から審決時に至るまで,原告に対して,本件名称を構成中に含む本願商標の商標登録出願(本件出願)をすることについて承諾していないのみならず,むしろ,拒絶していたものと認められる。
( ) 原告は,原告とMen-Tsee-Khangとが,ハーブ製品の輸入,4製造販売について共同作業を行っている場合,Men-Tsee-Khangの承諾の度合いの吟味が必要であるとした上,前記( )ウ及びエの事実を1総合すると,11月30日付け書簡は,「過去,自らの立場における関心を示したのみで,現在それが不可能であれば,我々はそれらにかかわる立場にもなく将来にわたり関与しない」という趣旨のものであって,原告にいかなる承認もしないとは述べておらず,むしろ,原告に対して大幅な委任をしているものと解釈することができる旨主張する。
しかし,商標法4条1項8号にいう「他人の承諾」は,それがあるか否かであって,承諾の度合いという,承諾に至る段階的な経過を論ずる余地はない。
商標法4条1項8号の趣旨は,肖像,氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにあると解され,したがって,同号本文に該当する商標につき商標登録を受けようとする者は,他人の人格的利益を害することがないよう,自らの責任において当該他人の承諾を確保しておくべきものと解すべきであるから(最高裁平成16年6月8日第三小法廷判決・判時1867号108頁参照),原告は,本件出願に当たり,Men-Tsee-Khangの確定的な承諾を得ていることが必要であって,仮に,原告とMen-Tsee-Khangとが,ハーブ製品の輸入,製造販売について共同作業を行っているとの事情があり,あるいは,原告がMen-Tsee-Khangに上記承諾を与えるように交渉中であったとしても,Men-Tsee-Khangの確定的な承諾がない限り,商標法4条1項8号の括弧書にいう当該他人の承諾を得ていたものと認めることはできない。
原告の主張は,前記( )コの書簡中の「我々は本件について更に手続を進1める意思はありません。」の記載を,Men-Tsee-Khang自身が手続を進める意思がないというだけであり,手続を原告に委ねたと解すべきことをいうものであるが,その直後の,「あなたの親切なご協力に感謝するとともに,お手数をおかけしたことを残念に思います。」との記載を併せ読めば,これ以上原告を煩わせないとの趣旨にほかならないから,手続を原告に委ねたと解する余地はない。
( ) 原告は,本願商標がMen-Tsee-Khangに帰属すべきものであ5ることは明らかであり,単に,Men-Tsee-Khangに係るハーブ製品の輸入,製造販売に関して,原告が本願商標の使用者であること,及び,輸入者であることを表示しているにすぎない旨主張する。
しかし,およそ,商標が設定登録されると,商標権者は,指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有し(商標法25条),登録商標の類似範囲において他人の使用を排除することができる(同法37条)という,排他的な独占権を取得するのであり,そのために,厳格な審査,審判手続が存在するのであって,登録商標は,単に,当該商標の使用者,輸入者を表示するにとどまらないのである。したがって,原告の上記主張は,失当である。
( ) 以上によると,本件名称を構成中に含む本願商標の商標登録出願について,6本件出願時(平成16年3月8日)及び審決時(平成18年10月13日)のいずれにおいても,Men-Tsee-Khangの承諾を得ていないから,本願商標が商標法4条1項8号に該当し,商標登録を受けることはできないとした審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は,採用することができない。
2取消事由2(商標法4条1項8号にいう「他人の承諾」の解釈の誤り)について( ) 原告は,商標法4条1項8号の「他人の承諾」の解釈に当たっては,Me1n-Tsee-Khangと原告との間にある具体的な事情を考慮すべきであり,Men-Tsee-Khang自体の求めるところと若干の相違があることも避けられないが,やむを得ないところであって,我が国は,法治国家として,我が国における自治等が優先されるべきであり,すべてにおいてMen-Tsee-Khangを優位に置くべきものではない旨主張する。
しかし,前記のとおり,商標法4条1項8号は,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」と規定しているのであり,「他人」であるMen-Tsee-Khangが本件名称を構成中に含む本願商標の商標登録出願を承諾していない以上,Men-Tsee-Khangの意思を尊重しなければならないのであって,出願人(原告)の個人的な事情を考慮する余地はない。
( ) したがって,Men-Tsee-Khangの本件名称を構成中に含む本2願商標について,本人の承諾を得ることなく,原告がその商標登録を受けることは,商標法4条1項8号の規定に基づき認められないとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は,採用の限りでない。
3以上のとおり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 宍戸充
裁判官 柴田義明