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関連審決 無効2000-35182
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10323審決取消請求事件 判例 商標
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平成19行ケ10391審決取消請求事件 判例 商標
平成20行ケ10142商標登録取消決定取消請求事件 判例 商標
平成18行ケ10525審決取消請求事件 判例 商標
関連ワード 指定商品 /  4条1項8号 /  4条1項11号 /  権利濫用(権利の濫用) /  無効審判 /  パリ条約 /  外国 /  継続 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 151号 審決取消請求事件
原告 株式会社デリカ
訴訟代理人弁護士 伊井和彦
訴訟代理人弁理士 野原利雄
被告 A(B)(C)D
訴訟代理人弁護士 菊池武
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/12/26
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2000−35182号事件について平成14年2月19日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てについての付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,別紙審決書の写し末尾記載のとおり,欧文字の「CECIL McBEE」を横書きし,その中の「BEE」の部分の下に片仮名文字で小さく「セシル マクビー」と横書きして成り,商標法施行令1条関係別表第25類の「洋服,コート,セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,和服,エプロン,えり巻き,靴下,ショール,スカーフ,手袋,ネクタイ,ネッカチーフ,マフラー,帽子,バンド,ベルト,靴類(「靴合わせくぎ,靴くぎ,靴の引き手,靴びょう,靴保護金具を除く。),げた,草履類,運動用特殊衣服,運動用特殊靴(「乗馬靴」を除く。)」を指定商品とする,登録第4136718号商標(平成8年10月1日登録出願(以下「本件出願」という。),平成10年4月17日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
被告は,平成12年4月10日,本件商標の登録をすべての指定商品に関し無効とすることについて審判を請求した。
特許庁は,この請求(以下「本件審判請求」という。)を無効2000-35182号事件として審理し,その結果,平成14年2月19日に,「登録第4136718号の登録を無効とする。」との審決をし,同月28日にその謄本を原告に送達した。
2 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件商標は,被告の氏名から成る商標であり,かつその登録出願について被告の承諾を得ていないから,商標法4条1項8号に該当する,というものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,被告の請求人適格の欠如を見過ごし(取消事由1),被告の「氏名」の認定判断を誤り(取消事由2),商標法4条1項8号の解釈適用を誤り(取消事由3),被告の略称の著名性の認定判断を誤った(取消事由4)ものであって,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(請求人適格の欠如) (1) 無効審判請求の利益の不存在 原告は,本件商標とは別に,「セシルマックビー」の片仮名文字から成る登録第1948509号商標(昭和59年10月23日出願,昭和62年4月30日登録。以下「原商標」という。)の商標権を有する。本件商標は,原商標の欧文字表記であり,その使用は,原商標の使用と認められるものである(商標法50条1項括弧書き)とともに,原商標の保護範囲に属する商標態様と認められるものである(パリ条約5条C(2))。
被告は,たとい,本件商標の登録が無効とされたとしても,原商標があるため,本件商標と同一又は類似の商標について,その指定商品と同一又は類似の商品を指定商品とする登録を受けることも,商標として使用することもできない(商標法4条1項11号,25条,37条)。
被告には,本件商標を無効とすることにより得られる法的利益は何ら存在せず,このような法律上正当な利益を欠く審判請求は,不適法な請求として却下されるべきであった。
(2) 権利の濫用 被告は,自己のベース奏者としての名前と本件商標とが偶然にも一致する,という意外な事実を発見し,これを奇貨として,原告に対し,法外な金員(提訴前に支払がなされる場合のものとしては21,500,000ドル(約27億円),提訴の後に支払がなされる場合のものとしては47,000,000ドル(約58億円))を要求してきたものである。
原告は,被告の名前はおろか,その存在すら知らなかった昭和59年に,企画会社に女性服の新規事業の発足に伴う店舗名の考案を依頼し,同会社の薦めにより店舗名を「CECILMcBEE/セシルマックビー」とし,同年10月23日に音表示の片仮名文字から成る原商標「セシルマックビー」を出願し,昭和62年4月30日に原商標についての商標登録を受けたことを踏まえて,本格的に商品展開を開始した。本件商標は,原商標の商標権者である原告が,同商標と,時代の推移に伴い,社会通念上同一性ある商標と認められる範囲で変更し使用してきたものであり,本件出願は,実質的には,原商標につき改めて出願したものにすぎない。
このように,本件商標は,原告が,被告の存在とは全く無関係に採択し,原商標の出願直後より使用を開始して今日に至っているものである。原告は,昭和62年には本件商標を店名とした専門店も開設し,以来,多くの取引者・需要者からの支持を得て,今や専門店だけでも29店舗の多くを数えるに至っている。その結果,本件商標は,全商品を対象としたブランド人気投票においても高位を占めるようになり,その著名性は疑う余地のないものとなっている。
本件商標の指定商品(婦人服等)は,対象とする取引者・需要者は,被告の属する音楽業界とは関係しない者であり,商品のコンセプトも,被告が手がける音楽ジャンル,その聴衆層,音楽イメージ等とは全く相いれない異質なものである。原告が被告の存在を意識しなければならない事情や状況は,全く存在しない。
このような事情や状況からして,原告による本件商標の使用が被告の音楽活動に何らかの影響を与えることなどは想定し難い。現に,永年にわたる原告の本件商標の使用の過程で,被告が不都合を被る事態は一切生じておらず,原告が被告の存在によって何らかの影響や利益を得たということもない。
被告は,このような状況であるにもかかわらず,本件商標が原告の努力によって著名化するのを見計らったかのように,取引者・需要者間においても全く認識すらされていなかった偶然の一致に乗じ,提訴を,しかも,我が国での提訴ではなく,原告が一切販売行為をしておらず,したがって営業拠点も有していない米国での提訴を,ちらつかせながら,法外な和解金を要求してきたのである。
以上に述べた事実関係を併せ考えると,被告にとって何の利益にもならない本件商標の登録無効を求める本件審判の請求は,被告の法外な和解金獲得というもくろみを実現させるための新たな材料作りにすぎないことが明白である。
本件審判請求は,権利の濫用に基づくものとして却下されるべきものであった。
2 取消事由2(被告の氏名の認定判断の誤り) (1) 審決は,「本件の請求人(判決注・本訴被告。以下同じ。)自身が「CECIL McBEE(セシル マクビー)」本人であること及び請求人の提出に係る甲第3号証ないし甲第6号証(枝番を含む。)(判決注・本訴乙第3号証の1ないし3,第4号証,第5号証の1ないし6,第6号証)をみるに,「CECIL McBEE(セシル マクビー)」は,請求人の氏名(本名のフルネーム)であ」ると認定した(審決書4頁末行〜5頁6行)。
しかしながら,審決が本件商標を被告の本名のフルネームであることの根拠とした上記各書証に示された名前は,すべてがベース奏者としての名前にすぎない。これらの書証は,被告のベース奏者名が「CECIL McBEE(セシル マクビー)」であることを証明するものにすぎず,このベース奏者名が被告の本名のフルネームと一致することを証明するものではない。
商標法4条1項8号は,氏名(本名のフルネーム)と雅号,芸名若しくは筆名及びこれらの略称とを厳格に区別し,後者にはその著名性を要するとしているのは,後者は恣意的な採用が可能であることに基づくものである。したがって,同号の適用に当たっては,本名のフルネームであると認めることができるか否かが,極めて重要である。
米国には,戸籍謄本や住民登録票の制度が存在しないので,米国民の本名については,これらと同等な証明力を持った公的書面でその立証をすることが必要不可欠である。「CECIL McBEE」は,被告の本名であることが確かな証拠によって立証されておらず,芸名等と同等のベース奏者名と認定することができるにとどまるから,これを根拠に商標法4条1項8号を適用するには,芸名等に準じて著名性を要するものと解すべきである。
確かな根拠や理由も示さず,ベース奏者名と本名のフルネームとが一致すると認定した,審決の認定判断は誤りである。
(2) 被告は,「CECIL McBEE」が被告本人の真正なフルネームである,として,パスポート(乙第26号証)の記載を引用する。
しかし,上記パスポートには,被告の,Surnameが「D」で,Given nameが「A B C」であることが記載されており,同記載によれば,被告のフルネームは,「A B C D」であって,「CECIL McBEE」ではない。本件商標に用いられている「CECIL McBEE/セシル マクビー」は,被告の通称又は略称(芸名)とみるべきである。
(3) 日本における外国人姓名の公的取扱いは,外国人名にミドルネームがある場合には,本国法制の父母の氏の調査などにより,氏・名のどちらかであるかを確認することとされ(法務省通達),外国人による各種届出(在留資格の申請,ビザ申請等)及び証明書類(出生証明書,婚姻証明書等)の「氏名」の記載欄には,「ファーストネーム・ミドルネーム・ラストネーム」の記載が要求されている。日本人が外国人と結婚してその子供にミドルネームを付ける場合にあっては,戸籍法上,「氏」と「名」以外を認めていないので,そのミドルネームが氏・名の何れかに属するかを選択させることとしている。
このように,日本においては,外国人の氏名(本名のフルネーム)は,ミドルネームを含めたものが公式なものとされているのである。
米国人の姓名にはミドルネームが付されている場合が多く,米国においては,ミドルネームは名の一部であると理解されている。
戸籍制度のない米国にあっては,社会保障番号制度(SSN)がこれに代わるものであり,米国市民には,出生直後に例外なくSSNが適用され,同制度に基づいて交付される,個人情報(氏名,住所,生年月日等)が記載されたSSカードは,公的手続はもとより,重要な私的場面においても,その提示が要求されるものである。このように,SSNは,米国において,最終的に個人を識別特定する唯一の手段というべきものであるから,SSカードに記載された氏名こそが米国人の正式な氏名である。
被告の氏名(本名のフルネーム)は,SSカードの提示によって取得したと認められるパスポートに表記されている「A B C D」である。
3 取消事由3(商標法4条1項8号の解釈適用の誤り) 商標法4条1項8号にいう「氏名」とは,経験則に照らし,諸事情を勘案し,我が国の一般的な取引者・需要者を基準として,「当該商標が氏名と認識され得るもの」であり,かつ,「その氏名が商標として使用されることにより当該人の人格権が毀損されるであろうことが,社会通念上客観的に明らかな場合」の氏名に限られると解するのが相当である。
本件商標は,その構成態様や著名性等の諸事情を考慮すると,これを見た我が国の取引者・需要者が,何人(なにびと,なんびと)かの氏名であるとの認識を持つことは考えられず,ましてや,その氏名の主体がこれを不快として,自己の人格権を毀損されたと認識するであろうことが,社会通念上客観的に明らかであるとはいい難い。
仮に,「CECIL McBEE」が被告の本名のフルネームであるとしても,審決は,上記の諸事情の有無を何ら考慮することなく,無条件に,「CECIL McBEE」を商標法4条1項8号所定の氏名である,としたものであるから,商標法4条1項8号の解釈適用を誤ったものというべきである。
4 取消事由4(著名性の認定判断の誤り) 審決は,「「CECIL McBEE(セシル マクビー)」がジャズ・ミュージシャンとして,ある程度の著名性を獲得して」いる(審決書5頁31行〜32行)と認定した。
しかしながら,審決は,「CECIL McBEE」が通称又は略称(芸名)であることを前提とした厳密な意味での「著名性」の判断をしていない。
また,審決がその判断の根拠とした書証(乙第3号証の1ないし3,第4号証,第5号証の1ないし6,第6号証)からは,到底,審決のように認定することはできない。
被告の反論の要点
1 取消事由1(請求人適格の欠如)について (1) 請求利益の不存在について 本件商標は,原商標の変形だから,同一性があり,継続使用が認められる,との原告の主張は争う。同主張は,一般に通用しない独自の見解であり,考慮に値しない。
(2) 請求権の濫用について 原告の主張は争う。
被告の米国における代理人が,原告に対し,和解金を要求してきた,との原告主張事実については,被告代理人は,今回,本件訴訟において,原告が甲号証を提出するまで,全く知らなかった。しかし,このことは,本件訴訟の主題とは無関係なので,これ以上論ずることをしない。
2 取消事由2(被告の氏名の認定判断の誤り)について (1) 「CECIL McBEE(セシル マクビー)」は,被告の本名のフルネームである。このことは,被告のパスポートの写し(乙第26号証)から明らかである。
(2) 商標法4条1項8号の「他人の氏名」となる「フルネーム」は,外国人の場合には,ファーストネーム(本件ではA)とラストネーム(本件ではD)から成り立つものである。
このことは,有名なBlack’s Law Dictionary(乙第27号証の1,2)の記載から明らかである。重要なことは,法律上の意味であって,法的意義を度外視して,「フルネーム」を文字どおりにクリスチャンネームまで含めた氏名であると解することは不当である。アメリカの裁判例では,人の氏名は,ファーストネームとラストネームによって識別され,ミドルネームは原則として無視する,としている。ミドルネームは,一般に,法的には本名の本質的部分を構成しないのである。米国において,ミュージシャンとして有名なElvis Presleyの名が無断で使用されたケースでは,Elvis Aron Presleyの全部ではなく,Elvis Presleyが無断で使用されたとして,パブリシティーの権利を侵害したとされた。
本件においても,被告の氏名は,たとい,パスポートにSurnameとして「D」,Given nameとして「A B C」と記載されているとしても,法的には,First name(Given name)の「A」とLast name(Surname)の「D」だけがフルネームを構成するのである。
(3) 原告は,日本における公的扱いを持ち出して,ミドルネームを含めたすべてをフルネームとすべきだと主張する。仮に,原告の主張が正しいとすると,ほとんどの外国人の氏名は,日本企業の無断利用が容認される結果となり,商標法4条1項8号外国人を全く保護しない規定となってしまう。このような不平等な結果をもたらす解釈は到底容認することができない。在留資格等の法制度がミドルネームの記載を要求していても,本人の保護に何ら困ることはない。このことと商標法4条1項8号による本人の保護の問題とは全く質的に異なるものである。原告の主張は,失当である。
3 取消事由3(商標法4条1項8号の解釈適用の誤り)について 原告の主張は争う。商標法4条1項8号が人格権保護の規定であり,ここでいうところの氏名とは他人のフルネームであり,他人の氏名のフルネームより成る商標には著名性を必要としない,との審決の解釈に何ら誤りはない。
4 取消事由4(著名性の認定判断の誤り)について (1) 審決は,商標法4条1項8号の趣旨は人格権の保護にあり,他人の氏名のフルネームより成る商標には著名性を必要としないという大前提の下に,判断をしている。
この立場からすれば,著名性の有無は,元来判断する必要のない事項である。それにもかかわらず審決が著名性に言及したのは,原告がしきりにこれを問題としているため,これに答え,いわば傍論として示そうとしてのことにすぎない。
(2) 乙第1ないし第10号証(枝番を含む。)によれば,被告がジャズミュージシャンとしてある程度の著名性を獲得している,とした審決の認定に誤りはない。審決は,「著名性」の充足は,法の要請による要件ではないから,あればあるに越したことはないという程度であるため,「ある程度」の著名性,という表現にとどめ,これを強調しなかったにすぎないと解することができる。
当裁判所の判断
1 取消事由2(被告の氏名の認定判断の誤り)について (1) 審決は,「CECIL McBEE(セシルマクビー)」は,被告の本名のフルネーム(全く省略されていない形で示された氏名)である,と認定し,この認定を前提に,本件商標は,被告の氏名より成る商標であるから,商標法4条1項8号に該当する,と判断した(審決書4頁末行〜5頁9行)。
しかしながら,乙第26号証によれば,米国政府発行の被告のパスポートには,被告の氏名として,「Surname」が「D」であり,「Given names」が「A B C」であるとの記載があることが認められ,これにより,被告のフルネーム,すなわち,全く省略されていない形で示された被告の氏名は,「A B C D」であると認めることができる。この認定の妨げとなる証拠はない。
(2) 被告は,そのファーストネームが「A」,ミドルネームが「B C」,ラストネームが「D」であることを認めながら,商標法4条1項8号の「他人の氏名」に当たるフルネームは,外国人の場合にはファーストネームとラストネームであり,ミドルネームは含まれない,と主張し,その根拠として,「Black’s Law Dictionary」(乙第27号証の1,2)の記載を挙げる。
しかしながら,「Black’s Law Dictionary」(乙第27号証の1,2)には,「名称 人物もしくは事物を,特定し,人物もしくは事物を他者と識別する言葉ないしフレーズ」の説明として「フルネーム 人物のファーストネーム,ミドルネーム(ないし,ミドルイニシアル)及び姓名(判決注・姓・名字を意味するSurnameの訳)」,「リーガルネーム 人物が法律上認識されるフルネームで,ファーストネーム(通例,誕生に際し,もしくは,洗礼とか命名時に決められる)とラーストネーム(通例はファミリイネーム)」との記載があり,人物のフルネームは,ファーストネームとラストネームだけでなく,ミドルネームも含むものとされていることが明らかである。
被告は,ここにいう「リーガルネーム」が商標法4条1項8号の「他人の氏名」に当たるフルネームである,と主張する。しかしながら,上記の「リーガルネーム」に関する記載が,我が国の商標法4条1項8号との関係で記載されたものでないことは,明らかである。のみならず,商標法4条1項8号の「他人の氏名」に当たるか否かということは,もともと,我が国の法律の条項号である上記条項号に固有の解釈の問題であり,米国において名前が法律上どのように扱われているか,ということによって決められるべき性質のものではない。まして,上記文献においても,人物のフルネームには,ファーストネームとラストネームだけでなく,ミドルネームも含まれるとされており,現に,前記パスポートには,被告のミドルネームも含めた氏名が記載されているのである。上記書籍の「リーガルネーム」に関する記載からは,せいぜい,米国の法律上,ある人物を特定するために必要な名前の要素がファーストネームとラストネームである,ということが読み取れるにとどまり,それ以上の意味を読み取ることはできない。
商標法4条1項8号の「他人の氏名」がフルネームでなければならないとされているのは,他人の氏名については,芸名や略称等と異なり,著名性が要件とされていないため,氏又は名だけでよいとすると,同号による保護の範囲が広がりすぎ,商標権の取得が過度に妨げられる結果を招くと考えられるからである。このような見地からすると,「他人の氏名」であるフルネームに当たるか否かの判断に当たっては,厳格な取扱いをすべきであり,外国人について,ミドルネームがある場合には,これもフルネームに含まれる,と解するのが相当である。
被告は,ミドルネームを含めたすべてをフルネームと解釈すると,ほとんどの外国人の氏名は商標法4条1項8号により保護されず,日本企業の無断利用が容認される不平等な結果をもたらす,と主張する。
しかしながら,商標法4条1項8号のフルネームについて,外国人についても日本国民と同様に厳格に解釈する取扱いをした結果,同号の保護を受け得ない結果が生じたとしても,そのことをとらえて,不平等な取扱いであるということはできない。ミドルネームを除外した名前であっても,著名性を有する場合には,略称などとして同号の保護を受けうるのであり,このような取扱いが,外国人の氏名に対する商標法4条1項8号による保護のあり方として,不平等であって不当である,ということはできないというべきである。
被告の主張は採用することができない。
(3) 以上のとおりであるから,被告のフルネームが「CECIL McBEE」であるとの審決の認定は誤りである。
取消事由2は理由がある。
2 取消事由4(著名性の認定判断の誤り)について (1) 上記1で述べたところによれば,商標法4条1項8号の適用においては,「CECIL McBEE」は,被告の略称であるというべきであるから,同号の適用による保護を受けるためには,それが著名でなければならない。
審決中には,「CECIL McBEE」の著名性について,「「CECIL McBEE(セシル マクビー)」がジャズ・ミュージシャンとして,ある程度の著名性を獲得して」いる(審決書5頁31行〜32行)との記載がある。しかしながら,審決の上記記載は,「CECIL McBEE」が被告のフルネームであり,商標法4条1項8号の「他人の氏名」に当たるから,著名性を必要としないという前提の下で,一応の判断を示したものにすぎないことが明らかである。審決は,「CECIL McBEE」が略称であることを前提にした上での著名性の判断はしていないというべきであるから,上記記載内容の当否を問題とするまでもなく,審決は取消しを免れない。
(2) 仮に,審決の上記記載が,「CECIL McBEE」が略称であると仮定した上で,著名性を獲得していると判断したものであるとしても,この判断は誤りというべきである。
証拠(乙第3号証の1ないし3,第4号証,第5号証の1ないし6,第6号証,第7号証の1,2,第17号証の1ないし7,第20ないし第26号証)によれば,被告は,1935年5月に出生した米国人のベースギター奏者であり,米国を拠点として活動していること,1982年,1983年にチコ・フリーマンの公演メンバーとして,1984年にジョアン・ブラッキーン・トリオの公演メンバーとして来日したこと,同公演を紹介した雑誌中に被告の名前が紹介されていること,1988年に新潟県佐渡で開催された「アース・セレブレーション’88」に参加し,山下洋輔らと演奏を行ったこと,1989年から1995年にかけて山下洋輔ニューヨーク・トリオのメンバーとして来日し,公演を行ったこと,1988年,1989年に山下洋輔のレコード発売記念コンサートのメンバーとして,来日し,公演を行ったこと,上記公演パンフレットに被告の名前が記載されていたこと,山下洋輔のレコードに演奏メンバーとした参加しており,レコードの宣伝パンフレットに被告の名前が演奏メンバーとして記載されていること,被告名で作成されたレコードが1995年に我が国で発売されたこと,2001年に銀行(シティバンク)が作成した宣伝パンフレットに,被告を山下洋輔トリオの一員であるベース奏者として紹介した対談記事が掲載されたこと,代表的なジャズ演奏家を多数紹介したインターネット情報中に被告が紹介されていること,ジャズレコードに関するインターネット情報中に被告名(「Cecil McBee」,「CECIL McBEE」)とともにそのレコードが紹介されていること,ジャズ演奏家のインターネットホームページに山下洋輔や被告と共演したとの記載があること,が認められる。
上に述べた事実によれば,被告は,ジャズ・ミュージシャン(ベース奏者)として,我が国のジャズ・ミュージックの分野の者(ファンを含む。)の間では,ある程度知られているということができる。しかしながら,商標法4条1項8号にいう著名性が認められるためには,我が国において,特定の限られた範囲にとどまらず,世間一般に,あるいは,少なくとも問題となる商標の指定商品・役務の分野で,広く知られていることが必要であるというべきである。上記各証拠からは,被告が,我が国において,ジャズ・ミュージックの分野である程度知られていることが認められるだけで,それを超えて広く知られていると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
被告が著名性の立証のため提出した乙第8号証の1ないし3,第9号証の1ないし6,第10号証の1ないし5,第11号証の1,第12号証の1ないし11,第13号証の1ないし3,第14号証,第15号証の1ないし9,第16号証の1ないし4,第18,第19号証は,いずれも英文の雑誌(我が国における頒布部数などは不明である。)及び英文のインターネット情報中における被告の紹介であることからすれば,これらの証拠を,我が国において被告が広く知られていると認めるための資料として有力なものとすることはできないというべきである。
このように,我が国において,被告の知名度は,ジャズ・ミュージックという限られた範囲にとどまっているというべきであり,被告の略称としての「CECIL McBEE」について,商標法4条1項8号にいう著名性を認めることはできない。
結論
そうすると,その余の原告主張について検討するまでもなく,原告の本訴請求は,理由があることが明らかであるので,これを認容することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の付加期間について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久