運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1989-1036
異議1997-90614
不服2000-13425
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18行ケ10300審決取消請求事件 判例 商標
平成18行ケ10280審決取消請求事件 判例 商標
平成19行ケ10090審決取消請求事件 判例 商標
平成20行ケ10100審決取消請求事件 判例 商標
平成15行ケ316審決取消請求事件 判例 商標
関連ワード 指定商品 /  4条1項11号 /  類似性(類否判断) /  外観(外観類似) /  称呼(称呼類似) /  観念(観念類似) /  取引の実情 /  国内 /  補正 /  類似範囲 /  外国 /  非類似 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 13年 (行ケ) 291号 審決取消請求事件
原告 クォルコム・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士 深見久郎
同 森田俊雄
同 竹内耕三
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 今田三男
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/01/22
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が不服2000-13425号事件について平成13年2月28日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成10年11月18日,標準文字により「MSM-」と表した構成より成る商標(以下「本願商標」という。)について,指定商品を,商品及び役務の区分第9類「無線通信における信号処理装置及びそれとともに提供される専門的・インストラクションマニュアル,その他の電気通信機械器具,電子応用機械器具及びその部品,配電用又は制御用の機械器具,電池,電気磁気測定器,電線及びケーブル,回転変流機,調相機,電気アイロン,電気式ヘアカーラー,電気ブザー,磁心,抵抗線,電極」(平成12年4月3日付け手続補正書により,「無線通信における信号処理装置,その他の電気通信機械器具,電子応用機械器具及びその部品,配電用又は制御用の機械器具,電池,電気磁気測定器,電線及びケーブル,回転変流機,調相機,電気アイロン,電気式ヘアカーラー,電気ブザー,磁心,抵抗線,電極」に補正された。)として,登録出願(優先権主張,アメリカ合衆国,1998年6月19日。以下「本件出願」という。)をしたが,平成12年5月26日,拒絶の査定を受けたので,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを不服2000-13425号事件として審理した結果,平成13年2月28日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同年3月12日,原告に送達した。
2 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,本願商標は,登録第4369026号の商標(平成8年7月25日登録出願され(優先権主張,ドイツ連邦共和国,1996年1月25日),平成12年3月17日設定登録されたもので,「NSM」の欧文字より成り,指定商品を商品及び役務の区分第9類「家庭用テレビゲームおもちゃ,配電用又は制御用の機械器具,回転変流機,調相機,電池,電気磁気測定器,電線及びケーブル,電気式アイロン,電気式ヘアカーラー,ジュークボックスその他の電気通信機械器具,電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路・磁気ディスク・磁気テープ,電子回路(電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路を除く。)その他の電子応用機械器具及びその部品」とする。以下「引用商標」という。)と,称呼において類似し,その指定商品も同一又は類似であると認められるから,商標法4条1項11号に該当する,と認定判断した。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「1.本願商標」,「2.原決定の拒絶の理由」は認める。
「3.当審の判断」中,本願商標と引用商標の指定商品が同一である又は類似しているとの認定は認め,本願商標と引用商標とがその称呼において類似する商標であるとの認定判断は争う。審決が本願商標の優先権主張は認められないとした認定は認める。
審決は,本願商標と引用商標とが称呼において類似していると誤って認定判断したものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 本願商標と引用商標とは称呼において類似しない。
(1) 審決は,「両者(判決注・本願商標「MSM-」及び引用商標「NSM」)の称呼全体を一連に称呼するときは,両者は,その語調,語感が近似し互いに紛れるおそれがあるものといわざるを得ない。」と認定した(審決書2頁35行〜37行)。
しかし,本願商標「MSM-」や引用商標「NSM」のように,アルファベットを羅列して成り,かつ成語でない商標の場合は,一気一連というよりは一文字一文字を区切って明確に発音するのが常であるから,両商標の称呼の聴別は容易である。
しかも,「M(エム)S(エス)M(エム)」又は「エヌ(N)S(エス)M(エム)」というわずか3音節の語頭において「エム(M)」と「エヌ(N)」との相違があるのであるから,両商標の聴別はなおさら容易であるというべきである。
(2) 被告は,商標の構成においてアルファベットが羅列してあるからといって,常に,一文字一文字に区切って,これから生ずる称呼を一音一音明確な意思をもって,明瞭に発音しなければならない特段の理由は存在しない,むしろ,簡易,迅速を尊ぶ取引の場にあっては,それほど冗長でもなく語呂よく称呼し得る商標は,一音ずつ区切ることなく一気一連に称呼されるというのが自然である,と主張する。
しかし,成語である場合又は成語ではなくとも子音と子音との間に母音があるために成語的発音が可能な場合(例えば「MUN」等)を除き,通常の日本人は,アルファベットの羅列を一文字一文字区切って発音するのが常である。なぜなら,アルファベットの羅列からなる商標の多くは何らかの成語の略語であり,このような略語はその一文字が異なればその意味する内容が全く異なる,すなわち,成語の場合と異なり,羅列したにすぎないアルファベットにあっては,その一文字・一音の違いが有する意義は極めて大きいからである。したがって,これを発音する者は,聴取者が誤って聴取しないように,慎重にかつ明確に発音する一方,これを聴取する者も誤って聴取しないように慎重に注意深く聴取するのが常である。このことは,取引の迅速が尊重される取引社会にあっても同様である。むしろ,一文字の違いが商品の違いに通じ,ひいては取引上の莫大な経済的損失に通じかねないから,より慎重にこれを発音し,聴取するのが当然である。
このようにして,アルファベットの羅列からなる商標の発音は,一気一連に称呼されるような特段の事情がある場合を除き,一音ずつ区切って発音されるのである。本願商標と引用商標については,一気一連に称呼されるような特段の事情はないから,一文字一文字を区切って明確に発音されることになるのである。
(3) 被告は,仮に,原告が主張するように,両者が一文字一文字を区切って称呼される場合があるとしても,その場合においても,本願商標及び引用商標から生ずる称呼を構成する「M(エム)」「S(エス)」「M(エム)」及び「N(エヌ)」「S(エス)」「M(エム)」という各3音節のいずれもが,声を口腔内に響かせて明瞭に発音され,聞く者に強い印象を与える母音「エ」をそれぞれ第1音とするものであることから,微差しか有しない両者を,時と場所を異にして称呼する場合には,これらに接する取引者・需要者は,6音中3音を同じ位置で占め,明瞭に発音される母音「エ」に強い印象を受け,全体の語調,語感が近似したものとして聴取するというべきである,と主張する。
しかし,母音「エ」が6音中3音を同じ位置で占めるとしても,この母音「エ」のみが強い印象を与えるということはない。なぜなら,アルファベットの略語はその一文字が異なればその意味する内容が全く異なるものとなることのゆえに,これを発音する者は,聴取者が誤って聴取しないように,漢字熟語や大和言葉を発音する場合とは異なった注意力をもって,慎重にかつ明確に発音しようとし,これを聴取する者も,漢字熟語や大和言葉を聴取する場合とは異なった高度の注意力をおのずと傾け,いずれの音も軽重の差なく聴取しようとするからである。
仮に,両者の称呼を,それぞれを構成する6音中3音が「エ」をもって同じ位置を占めることを理由に,相紛らわしいというとすれば,例えば,本願商標の筆頭文字「M」を「A,F,H,L,S」等に置き換えたA-SM(エイ・エス・エム),F-SM(エフ・エス・エム),H-SM(エイチ・エス・エム),L-SM(エル・エス・エム),S-SM(エス・エス・エム)等はいずれも相互に紛らわしいということとなり,不合理である。
むしろ,本願商標「MSM-」は,筆頭文字でもあり末尾文字でもある「M」の「エム」という発音が繰り返されることにより,聴取者は「M(エム)」の音を中心とした発音であることを明確かつ容易に認識することが可能であるのに対し,引用商標「NSM」は,筆頭文字「N(エヌ)」,中間文字「S(エス)」及び末尾文字「M(エム)」の各音がいずれも異なり,そこに中心となる音は存在しないこと,称呼識別上の重要な要素となる筆頭文字の発音が両称呼で異なることを併せ考えれば,両称呼の全体の語調及び語感は全く異なり,その聴別は容易であるというべきである。
英語の発音又は外来語についての日本人の聴別能力を従来のそれと同様に論ずることはできない。すなわち,戦後英語教育が広汎に普及し,戦前の英語教育と異なり特にヒアリングを重視した文部省の英語教育の効果もあり,しかも経済・社会・文化の国際化によりテレビ・ラジオ等を通じて通常の日本人が英語の発音に接する機会が戦前と比較して格段に増加し,欧文字で書される商標,商品名,企業名等が巷(ちまた)に溢れる今日,英語の発音又は外来語についての日本人の聴取能力は格段に向上しているというべきである。したがって,仮に,「M(エム)」と「N(エヌ)」との聴別が困難であるとする称呼類否判断上の取扱いが従来存在したとしても,今日これを一律に当てはめるのは,誤りというべきである。
本願商標と引用商標のように,アルファベットを羅列した構成にあっては,筆頭文字の「M(エム)」と「N(エヌ)」との相違及びその他の構成音は容易に聴別でき,ひいては商標全体の聴別も容易なのである。
2 近時の審決例をみても,本件と同様の事例において,称呼非類似との判断がなされている。
平成1年審判第1036号審決においては,「本願商標の後半部分「MCL」や引用商標「NCL」のようにアルファベット3文字を羅列してなり,かつ成語でない商標の場合は,たとえ簡易迅速を旨とする商取引場裡といえども,発音に際しては一気一連というよりは一文字一文字を区切って明確に発音されるのが常といえるから,発音上のかかる事情と前述の音の差異とを考え合わせれば,両商標は,前記の構成よりみて,称呼において相紛れるおそれのないものと言わざるを得ない。」との判断が示されている(甲第2号証)。
平成9年異議第90614号商標登録異議決定においては,登録商標を「MEC」,引用の商標を「NEC」とする事例につき,同趣旨の判断が示されている(甲第3号証)。
上記二つの事例は,商標が3文字のアルファベットから構成されている点及び比較の対象である両商標の相違が語頭における「M」と「N」の相違のみである点で,本件の事例と共通する。
このように,本件と同様の事例において両商標が非類似と判断されている以上,本件においても同様に,本願商標「MSM-」と引用商標「NSM」とは非類似であるとの判断がなされてしかるべきである。
先行する引用商標「NSM」が存在するにもかかわらず,第三者の商標「MSM」が平成12年10月6日付けで登録に至っている(登録第4422476号)。この登録の事実は,「NSM」と「MSM」とが非類似であると被告自身が判断したことを示すものにほかならない。そうである以上,上記登録第4422476号商標のアルファベットとその構成を同様にする本願商標「MSM-」と引用商標「NSM」との類否についても,同様に非類似の判断がなされてしかるべきである。なお,本願は登録第4422476号商標の先願に係るものであるから,登録第4422476号商標の存在により拒絶されるべきものではない。
3 国際商取引の発達した今日,「MSM-」と「NSM」とが称呼上相紛らわしいとして両者の商標登録の併存を認めないとすれば,円滑な国際商取引の阻害となり,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もつて産業の発達に寄与・・・することを目的とする。」という商標法の目的(商標法1条)に反することにもなるというべきである。
すなわち,アルファベットの羅列からなる商標の多くは,国際商取引の発達した今日,商品を特徴付ける品質を暗示する成語の外国語の略語であったり,製造者・取引者の名称の略語であったりする場合が少なくない。このような商標の類否判断に当たって,日本だけがあまりに過大な類似範囲を設定すれば,実際の市場において十分な識別性を発揮し得る商標についてもその登録を排除する結果となり,日本以外の多くの国においては非類似として登録され得るものが,日本に限り登録され得ない事態が生じ得る。このような場合には,日本市場において使用する商標に限りその採択・使用の変更を余儀なくされる場合が生じ,ひいては国内企業はもとより外国企業の経済的活動の妨げとなる。
本願商標と引用商標との間には,前記1で述べたとおりの相違があり,両商標は,国内市場においても国際市場においても容易に識別することが可能である。
それにもかかわらず,本願商標につき,引用商標の存在を理由にその登録が拒絶されるとすれば,日本国に限り,商標の採択・使用を変更しなければならない事態も生じ,日本国に限り,本願商標に係る業務上の信用に依拠することができなくなり,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与するという商標法の目的に反することになるというべきである。
4 以上のとおり,審決は,本願商標と引用商標との類否判断において称呼類似性の判断を誤ったものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法であり,取り消しを免れない。
被告の反論の要点
1 本願商標と引用商標とは称呼において類似する。
(1) 原告は,本願商標「MSM-」や引用商標「NSM」のようにアルファベットを羅列して成り,かつ成語でない商標の場合は,一気一連というよりは一文字一文字を区切って明確に発音されるのが常である,と主張している。
しかしながら,商標の類否判断における基準の一つとして用いられる商標の称呼は,当該商標が付された商品の取引において,取引者・需要者が当該商標をどのように称呼するのが通常であるかという観点から決せられべきである。そして,この観点からみた場合,商標の構成においてアルファベットが羅列してあるからといって,常に,一文字一文字に区切って,これから生ずる称呼を一音一音明確な意思をもって,明瞭に発音しなければならない理由は存在しない。むしろ,簡易,迅速を尊ぶ取引の場にあっては,それほど冗長でもなく語呂よく称呼し得る商標は,特に紛らわしい称呼を生じる他人の商標と区別することを意識して称呼するというような場合や,一音ずつ区切って発音されるものとして一般に知られているというような特別な事情がある場合でない限り,一音ずつ区切ることなく一気一連に称呼されるというのが自然である。本願商標及び引用商標のそれぞれから生ずることが明らかな「エムエスエム」及び「エヌエスエム」の称呼も,いずれも,それほど冗長でもなく,語呂よくスムーズ,かつ,平坦に称呼し得るものであって,アルファベットから生ずる音であることを考慮したとしても,殊更これを区切って発音しなければならないというほどのものではない。両者が一文字一文字区切って発音されるものとして知られている,という事情も見当たらない。本願商標及び引用商標は,一文字一文字を区切って明確に発音されるのが常である,という原告の主張は失当である。
(2) 原告は,一文字一文字を区切って明確に発音されるのが常である,という前提に基づいて,本願商標から生ずる「エムエスエム」と,引用商標より生ずる「エヌエスエム」の,両称呼の聴別は容易である,と主張し,さらに,「「M(エム)S(エス)M(エム)」又は「N(エヌ)S(エス)M(エム)」というわずか3音節の語頭において「M(エム)」と「N(エヌ)」との相違があるのであるから,両商標の聴別はなおさら容易であるというべきである,と主張している。
しかしながら,前記(1)で述べたように,本願商標及び引用商標は,常に一文字一文字を区切って明確に発音される,というわけではなく,全体として一連に発音されることも十分あり得るものである。そして,商標の称呼の類否においては,全体として一連に発音した場合の識別性の容易さが問題とされるべきである。
本願商標から生ずる「エムエスエム」の称呼と引用商標より生ずる「エヌエスエム」の称呼とは,同音数からなり,声を口腔内に響かせて明瞭に発音される母音「エ」に挟まれた第2音における「ム」と「ヌ」の差異を有するのみで,他の音をすべて同じくするものである。しかも,相違する「ム」と「ヌ」の音は,母音「u」を共通にする鼻音であって比較的弱い音として発音される極めて近似した音であることから,この差異が全体に及ぼす影響はわずかなものというべきである。
したがって,両商標は,それぞれを一連に発音する場合には,全体の語調,語感が近似し,互いに紛らわしく,取引者・需要者をして聞き誤らせるおそれのあるものである。
仮に,原告が主張するように,両者が一文字一文字を区切って称呼される場合があるとしても,その場合においても,本願商標及び引用商標から生ずる称呼を構成する「M(エム)」「S(エス)」「M(エム)」及び「N(エヌ)」「S(エス)」「M(エム)」という各3音節のいずれもが,声を口腔内に響かせて明瞭に発音され,聞く者に強い印象を与える母音「エ」をそれぞれ第1音とするものであることから,前述の微差しか有しない両称呼を,時と場所を異にして称呼する場合には,これらに接する取引者・需要者は,6音中3音を同じ位置で占め,明瞭に発音される母音「エ」から強い印象を受け,全体の語調,語感が近似したものとして聴取するというべきであり,両者は,やはり,互いに紛らわしく,聞き誤るおそれのあるものである。
いずれにせよ,原告の前記主張は失当である。
2 原告は,平成1年1036号審決,平成9年異議第90614号商標登録異議決定を挙げて,本件においてもこれらにおけると同様に,本願商標「MSM-」と引用商標「NSM」とは非類似であるとの判断がなされてしかるべきである,と主張し,また,登録第4422476号商標が登録されたことを挙げ,本願商標についてもこれと同様に非類似の判断がなされてしかるべきである,と主張している。
しかしながら,原告が挙げる審決例及び異議決定例は,本件とは音構成が異なる称呼についての類否判断であって事案を異にするものであるから,これらがそのまま本件にあてはまるものではない。本願商標と引用商標との類否判断は,両商標につき個別具体的に行われるべきである。
前記登録4422476号商標が登録されたという事実によって、本件の判断が拘束されるものでもない。すなわち、同商標の登録は単独の審査官によるものであるのに対し、拒絶査定不服審判における審理は、3人又は5人の審判官による合議体において、審査官の審査に瑕疵があれば、これを是正することを制度趣旨とするものであるから、審査官の判断の一例があるからといって、本件の判断がこれに拘束されるべきことになるものではないのは,当然である。
3 原告は,国際取引の発達した今日,「MSM-」と「NSM」とが称呼上紛らわしいとして両者の商標登録の併存を認めないとすれば,円滑な国際商取引の阻害となり,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与することを目的とする。」という商標法の目的(1条)に反することにもなるというべきである,と主張する。
しかしながら,本願商標と引用商標の併存登録を認めないことが何ゆえに円滑な国際商取引の阻害となるのか,明かではない。のみならず,本願商標と引用商標とは,既に述べたように,称呼上類似するものであるから,これらを,併存させて登録することこそ,商標の使用をする者の業務上の信用を阻害することにもつながり,商標法の目的に反することになるのである。
4 結論 以上のとおり,原告の主張はいずれも失当であり,本願商標「MSM-」と引用商標「NSM」とは,称呼において類似するとした審決の判断に何ら誤りはない。
当裁判所の判断
1 本願商標と引用商標の称呼における類否について (1) 本願商標は,「MSM-」の文字より成り,そのハイフンの部分は,格別自他商品識別標識の機能を果たすものとは認められないので,その「MSM」の文字部分から「エムエスエム」との称呼が生じ,これをもって取引に資されることが多いものと認められる。したがって,本願商標は,「MSM」の文字部分に相応して「エムエスエム」の称呼が生じるものであり,また,「MSM-」あるいは「MSM」は特定の語義を有するものとして一般に知られている語ではないから,一種の造語から成るものというべきである。
これに対し,引用商標は,「NSM」の文字から成るものであり,この文字に対応して,「エヌエスエム」の称呼が生じるものであり,また,「NSM」は特定の語義を有するものとして一般に知られた語ではないから,一種の造語から成るものというべきである。
本願商標から生じる「エムエスエム」の称呼と,引用商標から生じる「エヌエスエム」の称呼とを比較すると,両者は,第1音目の「エ」の音,第3音以下の「エスエム」の音が同じであり,異なるのは第2音目における「ム」と「ヌ」だけである。そして,本願商標の第1,第2音の「エム」と引用商標の第1,第2音の「エヌ」とは,その中の「エ」が明瞭に発音される母音であるのに対し,「ム」や「ヌ」が,母音の「ウ」を共通にする通鼻音で比較的弱い音であるから,その語感や語調が近似し,通常の日本人にとって,両者は相紛らわしい音であるということができる。このように,第1音の「エ」,第3音以下の「エスエム」が同一であり,第2音の「ム」と「ヌ」が相紛らわしい以上,本願商標と引用商標とが,その称呼において極めて相紛らわしく混同を生じやすいものであることは,明らかというべきである(両者は,共に造語であるところからその観念における異同を比較し得ず,その外観においても,3文字中,2文字が同一であり,1文字が異なることを考慮しても,顕著な差異があるわけではないから,前記のような称呼類似性からみて,全体として類似するものであることは明らかというべきである。)。
(2) 原告は,本願商標「MSM-」や引用商標「NSM」のようにアルファベットを羅列して成り,かつ成語でない商標の場合は,一気一連というよりは一文字一文字を区切って明確に発音されるのが常である,あるいは,これを聴取する者も誤って聴取しないように慎重に注意深く聴取するのが常であるから,両商標の称呼の聴別は容易である,と主張する。しかし,簡易,迅速を尊ぶ取引の実情を考えれば,アルファベットを羅列して成り,成語でない商標であるとしても,これを常に一文字一文字を区切って明瞭に発音する者ばかりではなく,これを一気一連に発音する者も少なくないであろうこと,及び,これを聴取する者も慎重に注意深く聴取する者ばかりではないであろうことは,想像するに難くないところである。また,本願商標の「MSM-」の称呼は「エムエスエム」であり,引用商標の「NSM」の称呼は「エヌエスエム」であり,この両者が極めて相紛らわしいものであることは前記のとおりであって,仮に,取引者・需要者が一文字一文字を区切って両商標を明確に発音し,また,これを聴取する者も慎重に注意深く聴取したとしても,両称呼が相紛らわしいものであることは,既に認定したところから明らかというべきである。原告の主張は採用することができない。
原告は,両商標を一文字一文字を区切って明瞭に発音した場合,本願商標「MSM-」は,筆頭文字と末尾文字において「M(エム)」という発音が繰り返されることにより,聴取者は「M(エム)」の音を中心とした発音であることを明確かつ容易に認識することが可能であるのに対し,引用商標「NSM」は筆頭文字「N(エヌ)」,中間文字「S(エス)」及び末尾文字「M(エム)」の各音がいずれも異なること,及び,称呼識別上の重要な要素となる筆頭文字の発音が異なるということを併せ考えれば,両称呼の全体の語調及び語感は全く異なり,その識別は容易であるというべきである,と主張する。しかし,両商標の筆頭文字の発音が異なるとしても,「M(エム)」と「N(エヌ)」の発音の識別が困難であることは前記のとおりであり,また,三文字中の第2,第3の文字が同一文字なのであるから,両称呼の全体の語調及び語感が異なるものということができないことは前記のとおりである。
原告は,英語の発音又は外来語についての日本人の聴取能力を従来のそれと同様に論ずることはできない,英語の発音又は外来語についての日本人の聴別能力は格段に向上しているというべきである,したがって,仮に,「M(エム)」と「N(エヌ)」との聴別困難であるとする称呼類否判断上の取扱が従来存在したとしても,今日これを一律にあてはめるのは誤りである,と主張する。しかし,仮に,従前と比べある程度英語ないし外来語についての日本人の聴別能力が向上しているとみる余地があるとしても,本願商標「MSM-」と引用商標「NSM」については,前記のとおり,その称呼は極めて相紛らわしいものであると認められるのであるから,称呼が類似するとの前記認定を変更すべき余地はない。また,前記認定を変更すべきほどに,英語の発音又は外来語についての日本人の聴取能力が従前と比べ格段に向上していることを認めるに足りる証拠もない。
2 過去の審決例等について 原告は,近時の審決や異議決定の例をみても,本件と同様の事例において,称呼非類似の判断がなされている,と主張する。しかし,仮にそうであるとしても,本件の判断においては,過去の審決例等の判断に拘束されることなく,本件の事案に即して検討されるべきものであることは,事柄の性質上当然というべきである。仮に,それらの中に,本判決の前記判断と一部矛盾するとみられる例があるとしても何ら差支えない。本件においては,本件の具体的な事案についての前記認定判断が重要なのであり,過去の審決例,異議決定例について,比較検討する必要性はない。また,原告は,登録第4422476号商標の例も挙げるが,これについても,同様に比較検討する必要はない。
3 原告は,国際商取引の発達した今日,「MSM-」と「NSM」とが称呼上相紛らわしいとして両者の商標登録の併存を認めないとすれば,円滑な国際商取引の阻害となり,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」という商標法の目的(商標法1条)に反することにもなるというべきである,本願商標と引用商標とは,国内市場においても国際市場においても容易に識別することが可能な商標であるのに,本願商標につき,引用商標の存在を理由にその登録が拒絶されるとすれば,日本国に限り,商標の採択・使用を変更しなければならない事態も生じ,日本国に限り,本願商標に係る業務上の信用に依拠することができなくなり,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与するという商標法の目的に反するというべきである,と主張する。
しかし,原告の上記主張は,本願商標と引用商標が非類似の商標であることを前提とした議論であり,その前提自体が認められないことは,前記認定のとおりである。また,原告の上記主張は,本願商標と引用商標が類似していると認定されるのであれば,引用商標について過大な類似範囲を設定しているとの主張であるとも解し得るものの,本願商標と引用商標が類似していると認められることは前記のとおりであり,引用商標について過大な類似範囲を設定したものではないことは,前記認定自体から明らかである。したがって,原告の主張は,いずれも採用することができない。
4 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵が見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 宍戸充